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2023/02/07

消滅とは?

 この宇宙でもっとも速く動き、1秒に30万キロ走るという(光)は、素粒子の光子だと教わりました。ではこの(光子)って? (蛍の光)(ロウソクの炎のゆらめき)(懐中電気での光)(自動車のヘッドライト)…みんな光ですが、これらは同じ光子なんでしょうか?

 素粒子は、宇宙の始まりの(ビッグバン)によって生み出されたものだそうですが、その素粒子の組み合わせで生じた(物質)と(反物質)は、出会うと(対消滅)で一瞬光を発すると消滅するのだと!

 でもこの(消滅)って、一体どういうことか? 光という素粒子は人間の目には光ることを失ったとしても、その存在物は残るのでは? するとそれは(ダークな存在)として、エネルギーを有しているのでは? おっ!(ダークマター)(ダークエネルギー)ってそれでは?

 素人ならではの超妄想は面白いでしょう。この宇宙の全物質の(5倍)も在るというダークマターって(光ることを止めた光子)とか(ニュートリノ)なんかの集積なんじゃないの? 

 熱力学というのでは、「エネルギー保存則」がありますよね。ともかく門外漢は何の束縛もなく、自由気ままなんですよね。はっはっは。

 ここまで来てまた(イヤ毛虫)が力を持ったようで、ヤル気がなくなりました。ここらでさよならでしょうかね。

 人生でいっとき光ることもありましたが、今はもう光を失った身とてダークな存在! ここらで消滅しましょうかね。





2023/02/03

昔のピクトグラム

楽しい漢字

 オリンピックや万国博の折に考えられた(ピクトグラム)の、その原点は漢字ではないだろうかと思う。だって漢字って、アルファベットより圧倒的に数も多く、従ってもっと表情豊かな絵画的な造形のように思えるからです。

 昔どこかの週刊誌で、漢字に対する外国人のイメージ集という企画があって、…今記憶に残っているのが(足)と(四)で、(足)はお滑り台を降りる子供、(四)は独身者のアパートの窓辺に干された靴下! 素晴らしいイメージだと感動したものです。

 さて前項で取り上げた(π)の字につき、作家加治将一氏はもっと面白いものを揚げている。それは(西)の字で、…なんと! これは西方にある楽園を”長方形”でピクトグラミングした(エデンの園)から、追放されたアダムの姿だと言うのです! 実際そう見えます!

 さて話はガラッと変わります。2+2と、2×2は、共に(4)で、足し算と掛け算の答えが同じという不思議さを教わったことがありますが、先日NHKTVで、「ABC予想」とか言う奇妙奇天烈な数学の話の紹介があって見ましたが、その冒頭の話では、『足し算は掛け算よりずっと難しいものだ。』で始まりました!? 『小学校の算数の授業での教え方の順番が違う。』という阿部恒さんの話を前にしましたが、改めて思い出しました。とにもかくにも、人間の思考ってなんとも面白いものですね!






 





2023/01/26

不思議なトリオ

何年か前です。100円ショップで買ったもののこと

 かなり精密に作られたプラスチックのミニ造形物で、何に使うものとして作られたか?まったく不明ながらも可愛いと思って買った。何しろミニアートが3つ1組で108円ですもん!

 さてそれを写真で下に示しますが、ご覧の通り「荷運びラバ」「(風見鶏?)の付いた家」そして「 ベンチ」と、まったく関連性が不明のトリオだ。でも私が買ってしまったのは、おりがみとの関連からなんです。

 まず「荷運びラバ」は、よく知られた伝承作品で、いくつかの海外の古書に紹介されている。そして(風見鳥)は別として、「家」はフレーベル時代から好まれるおりがみテーマで、私もいくつかくふうした。「ベンチ」はそう多くを知らないが、これとそっくりな造形作品は、(故)木下一郎氏に有る。

 とまあ何やら関連の分からなかったトリオが、おりがみでなら私の中では関連性ははっきりしている。だから108円のトリオ、大事に飾ってあります。








2022/12/26

妄想の記録が消えた!?

家電が次々に壊れて…

 2020年から21年にかけての(コロナ禍)の中でのこと、使い慣れた家電製品が次々と壊れた。電気屋で聞いたそれらの機器の平均寿命からは、その2倍3倍と使ったようなので、悔しがることではないようだが、さーてこんな事態、ひょっとすると我が身の寿命の暗示か?なんて思わぬでもない。実際このところ体のあちこちに故障が出ている。

 さてそんな中、ファンタジー「昔、始まりの物語」に使っていたパソコンが、これまた壊れて死んだ! かくてこの第2部はもう無くなってしまった。

 考えた話の90%以上は書いてあったので、もう少し早くに書き上げ、バックアップを取るかプリントアウトしておけば、…とそのことはちょっぴり悔やまれるが、まあ今更ながら致し方ない。でまだ記憶がかすかに有る中にこの物語(第2部)のあら筋の断片を記しておこうと思った。 こんな幼稚な妄想話なんてだれも期待してはいないだろうが。

 まず第2部ではまだ明瞭ではないものの、(始まり)の意図が徐々に出て来る。それは、大陸からの渡来の始まり、稲作の始まり、自由喪失の始まり、貨幣発明、貧富の始まり、種族衰亡の始まり、…なんていう我が身に似合わない妄想がその元にある。

 しかしまあそんな意図のため、少なくとも第2部の妄想のドラマの進行は次のようなものだった。


序章 抹消されなかった二頭

(食)の喜びを知ってしまったために、翼を生やしてしまった4頭の竜の中、2頭は西洋の英雄の手で抹消されたが、残る2頭は熟考するタイプだったので、これが不可抗力的な不慮の事故だと 大創造者と大設計者たちに諫言するための策として、人間の姿に変身する!?(第一部でちらっと姿を目撃された妖気を漂わせた老人)

 さてここまで600年を生きて来て思考を楽しむ大樹の精ジュセの根方に、宇宙の旅人の彗星の燃え残りの核が飛び込んで来て、二人(?)は友人となり会話することで、ジュセの知識が宇宙規模に広がる。そして、二人は心を合わせてマカイ族の世界の理念の構築を始める。


第一章 ガング、セイン、セッキ

 四種族会同の終了間際、ゴンノヒコから今味わわせていただいたワインの原料は何か?の問いが出されるも、ダイオングは答えられず困ったところに、給仕役で座っていた鬼の娘が立ち上がり、『今皆さんが楽しまれているものは山ぶどうからのものだが、他にもオレ独自に山梨や山桃、それに野いちごなどからも造っています。ところでオレはニンゲンの方々のおみやげの(ショウチュウ)や(チーズ)がとても気に入って、自分でも作ってみたいと思ってしまったが、その作り方を教わりに、そのー、オレ、あやだっ、ワタシをカクレ里まで同行させてもらいたいが、そんな願いは叶えられましょうか?』

 そんな発言をした茶髪で背の高い、目の大きな鬼の娘の名をヒノミと言った。そのヒノミの言葉に、タカミとマモルが小躍りする。つまり大歓迎。 と、サトルヒコに負けたホングが立ち上がり『吾は剣の修行のため、いやオサノオオヒコどのやタケルどのにその道を教わりたいのですが、お二方どの、それにダイオングどの、いけませんでしょうか?』

 こんな若者二人の本心からの率直な発言に、どこかにまだ沈んだ雰囲気の残存していた会同は完全に明るさを取り戻したのでした。もちろんダイオングも相好を崩して喜ぶ。

 こんな次第で帰路には二人の鬼の若者が加わっていました。 と、その帰路にてホングが肩に矢を打ち込まれて倒れているオグルを発見!

 タカミを始め皆の手際よい処理でオグルの命に別状のないところとなるが、この矢を射たのがかのガングであり、そこにはセイン、セッキも居て、ガングとセッキはオグルの命まで奪おうとするが、それを阻止したのはセインだったと、オグルの口から真相が明かされる。またオグルの父の形見でもあるマサングの剣がガングにより持ち去られたことも判明。

 この後、小さな鬼さん族の男女の若者たちが森の中で待っている場面となる。キヌヒメはその小さな鬼さん族の少女たちのカラフルな髪の毛の色に惹かれ、いろいろ聞く。彼女たちの説明では、生まれときは皆薄いピンクだが、その後植物のジュースによって、好きな色に変えられると説明する。おしゃれが趣味のキヌヒメは大いにその話に惹かれる。

 一方男たちは、ゴンノヒコの提言から今後の会同のための段取りとて、ひとまず(連絡係)を決めようとなり、チサナヒコ族からはアメノヒコ、カゼノヒコ、ユキノヒメの3名が。小さな鬼さん族からはソラノヒコ、コズエヒメ、コノハヒメの3名が決まる。

 ところでこの後、鬼の角(つの)談義となり、…ゴンノヒコとホングの説明により(鬼の名誉の印)(固い約束)などの比喩として「角にかけて」とか「角を欠く」などの言葉の説明があるも、オグルの居るところとてあまり深入りも出来ず、結局のところそれは絶対必要不可欠なものでも無さそうだ、みたいなことになって行く。なお続いてやはりゴンノヒコから(会同の記録)の話から、(文字の習得はそれぞれどうなっているのか?)などの話になる。結局のところ、大設計者のプログラミングのことのようだ。

 さて心が荒んだ三人の鬼の逃避行の様子は、チサナヒコ族の友でもある(みみずく)によって詳細に知らされており、カクレ里での療養でオグルの傷が癒えたら、タケルとホングと共に彼らとの問題解決のための追跡行が計画される。そしてすぐに実行される。

 3人を送り出して数日後、タカミのところに来たサキノヒコ、アトノヒコ兄弟との雑談の中から、タカミも3人の鬼族を追って行くべきだったと気付き、そこにミメノも同行することとなり、チサナヒコの兄弟との4人の行動計画がそこに実施される。

 なおハヤテはサヨカと、サクヒトはキヌヒメとの結婚が決まったばかりだし、タクミはアメメとの間にマナトと名付けた男の子が生まれたばかりなどの理由で、今回は里に残ることになった。タケルがメミナを一人残して出掛けることに女衆の軽い非難が囁かれる。それやあろうかタケルの母トヨヒメはメミナの肩を抱いてタケルたちの出発を見送った。なおタケルの父親は、大陸の半島からの渡来人で、今は故あって故郷に戻っているところだ。

 一方ガング、セイン、セッキの3人は山中で大熊の襲撃という突発事件に遭い、ガングは片角と片腕を失った上でやがて絶命するに至る。大熊はセイン、セッキの二人により倒されるが、ガングはその死の直前、オグルの剣を望んだ真相を話す。 そこには父親の弱気な臆病さと、親友オーギの見事な英雄気質があったことから、それは単なる物欲では無かったことが解り、セイン、セッキの心も晴れやかになる。なおオグルの剣は、ガングの言葉でいずれはオグルに返すために二人に託されることとなる。大熊は(首塚)としてガングの隣に埋葬される。ガングが、大熊に転生したいと息を落とす際に言ったからだ。

 大熊の肉で食事を終えた二人は、その夜のねぐらを求めて、ジュセの洞穴へと自然に紛れ込む形となる。

 と、すべての出来事をマカイ族の仲間の(ふくろう)から聞いて知っていたジュセはこれを歓迎する。そして二人の口から、ニンゲン族のタカミによって試みられた(四種族の会同)の成功の話に驚き、ジュセはタカミに強い関心を寄せる。

 話は変って、タカミの父親マカイ族のシャチと、同じくマカイ族だが少々頑なな心の持ち主であるきつね頭の兄弟、ツネキとネッキとの諍いの話となるが、ニンゲン族の娘ヒメノとの愛の交流を知った二人は、劣等な種族ニンゲンなどとの接触を激しく詰り、怒ったシャチとの争いとなり、シャチの鍾乳洞への転落死の悲劇を引き起こしてしまう。

 この事故の直前、シャチは仲間内で「教師」のあだ名で呼ばれていた父親のこと、そして赤毛故にニンゲン界で一種の差別を受けていたことで、父が救い出した母(故人)のことなどを思い出す。 実はシャチは初めて(竹笛)を発明し、音楽を発案した者で、母が歌の名手であったことから、そんな発明に至ったのだろうと語った父の姿を思い出す。そんな父の顔は茶色の毛で覆われた、一見犬とも見える相貌だった。

 なおこのシャチの悲劇は、シャチの最後の声がテレパシーにてヒメノの脳内に伝わり、死にたい思いになるも、お腹にシャチの魂の宿りに気付いたことで思い止まる。なおヒメノは感謝の広場での収穫祭などで(歌姫)の役を務めるほどの美声だった。夜の森でシャチの笛に合わせヒメノの歌声が静かに流れたことだった。なおこのときまでヒメノの出自は謎だった。


第2章 ウフルとシラギク

 キツネ頭の少女シラギクと、オオカミ頭の青年ウフルとの出会いが、ジュセの手引きのようなかっこうで起きる。そして二人は夜の山道をジュセの洞窟へと向かう。その途中、マサングとムサングという剣を、いや鉄をこよなく愛する鬼の若者の姿を樹上から見る。ウフルは二人を知る者だが、シラギクを怖がらせるのを慮って、樹上に身を隠したのだ。

 やがて着いたジュセの洞窟では、シャチを死に追いやってしまったツネキとネッキの二人を取り囲んだ、マカイ族の住人たちによる裁判のような話し合いが行われている最中だった。ジュセはシラギクをハグし、歓迎すると共にこの場の説明をする。

 シラギクをここに導く最初の手引きをした、イノシシ頭のイノト。遠い異国からやって来た遠征船の遭難で、ただ一人の生存者となりジュセのテレパシーでここに導かれた鷲頭の壮年者ホルス、その二人はジュセの洞窟(彼らはそこを”ホーム”と呼ぶ)からの追放を主張する。

 が、ウフルは「異形者故に、ここにマカイ族として隠れ住む吾らだ。そんな者ツネキとネッキが外世界へと追い出されたら、どんな迫害を受けるかをイノト、ホルスの二人とも知らぬわけでもなかろう。追放には吾は反対だ。」と発言する。

 と、ここで何とシラギクが発言する。「今皆さまのお仲間にしていただけたばかりの者が、いきなり発言とはなんとも厚かましいと思われるかも知れませんが、そこのお二人と同じ容貌の私には、ウフルさまの言われる通り、外世界で暮らすことの恐怖感やすさまじい孤独感を、私痛いくらい知っています。それにお二人とお話も出来ずにお別れはあまりに悲しいです。」

 ウフルが言います。「シラギク、よく言ってくれた。吾はこの二人にはホームの便所清掃当番を1年間やらせる程度の罰では?と思慮しますが、ジュセ尊者さまいかがでしょう?」そしてそう決められて落着する。

 この少し後、ジュセはウフル、ホルスの二人に手狭となった今のホームに加え(第2のホーム)の適応地の捜査のための出立を依頼する。二人がその依頼を受けると、シラギクも同行を願い、ジュセは渋々ながらも、実際には微笑んで3人行を認める。その夜はマカイ族の酒宴となる。なおジュセの足元には二頭の、白と黒の犬が居たが、セイン、セッキが倒した大隈の肉を火を通して所持していたものを二頭の犬に与えてくれぬか?と頼まれ、二人は素直に従う。

 次にジュセは二人にこの洞窟の国にしばし留まれと勧め、以後の予定も定まっていない二人とて、この勧めに素直に従う。その夜やはりジュセの左右に居た、うさぎ頭の少女ピノコと子鹿頭の娘カノコの二人を通じて、セインが持っているオグルの剣を見せてくれと頼む。武器嫌いのジュセにしては珍しい望みだ。つまりその剣は武器を離れた美しい工芸品だったのだ。

ここで話は過去に飛び、少年タカミとミメノとの出会いの頃に戻る。

 秋の終わりの頃、ヤマンサのシカリとカクレ里の民で彼の妻となったミトナとに手を引かれて、7才のミメノが感謝の広場にやって来た。一目見て夢中になった2才年長のタカミは、この親子3人を里長(さとおさ)のところから、母ヒメノの居る我が家へと伴う。ミトナの姉さんのような思いだったヒメノは大喜びし、その日は再会と、ミトナのたっての頼みからヤマンサの生活を捨て、カクレ里の民になる決心をしたことの歓迎の場が設けられる。

 直後シカリは森へ戻ると、ヤマンサの腕でうさぎやキジの(肴)を作って来る。いろりでその肴は焼かれる。と、そこへ里長のエビスと彼の妻マルメの二人が、ショウチュウの大徳利を持参して参加する。そしてエビスの頼みでシカリの若い頃の冒険談となる。

 未だその父の姿を知らぬタカミは、話すシカリに父を仮想して熱い目で見つめる。皆はそんなタカミの様子に切なくも熱い想いを寄せる。さてシカリの最初の話は、モトシマの北の地にて出会った(セッツ鬼)という名の、片足で逆立ちで駆ける奇妙な人物の話。

 次はセッツ鬼の地から少し南下したところにある湖に住む。ヒフミ、ヨイツムという双子の(水棲マカイ族)の兄弟の話。


思わず長くなってしまった。今回は奇妙な妄想話はこのへんで止めておこう。なお、第2部の終わり近くに述べようと思い、まだ書いていなかった、ダイオングの恋の話は結構面白いと自負出来るので、次の項で紹介しよう。







2022/12/18

ミクロの毛虫?!

イヤケムシ=嫌気虫=イヤ毛虫!

 昨年(2021年)の秋頃だったでしょうか、(イヤケムシ)という目に見えぬほど小さな虫に寄生されてしまった。…これに寄生されるとまったく何をする気も起こらない! 毎日一応決まった時間に食事(それすらも面倒くさく思う)と、酒を飲む(これだけには意欲が残っていた!)以外、ほんとうに何もしない、いや出来なくなった。 まあ近くのスーパーまで、妻と共にその日の食べ物を買いに行くことはやったが、それは(最低の義務と、そうアルコール飲料の確保のため)だ、…とまあただそれだけしかしない!

 ところが、今年(22年)になって、北京冬季オリンピックが始まって、美しく素晴らしいアスリートたちの姿を見ているうちに、感動がこのイヤ毛虫を少しずつ駆逐してくれた。

 が続いてロシアの ウクライナへの無残な侵略のニュースに、折角の虫の駆逐が後戻りされてしまった。ともかくこの侵攻には明瞭な大義名分が示されていない。まったくひどい話だ!

 この後に始まったパラリンピックの大いなる感動は、またイヤ毛虫の駆除に働いてくれたものの、侵攻の悪夢はまだ続いている。先年来続いているミャンマーの軍事クーデター。独裁者の蛮行は尽きまじか!

 まあ私なんぞ怒っても仕方ないことと考えることで、イヤ毛虫には頼んで寝てもらおうと思っているところで、サッカーでの日本チームの素晴らしい活躍の感動で、イヤ毛虫もようやく去ったようで、ブログを1年ぶりに再開する意欲が出て来たようだ。




 

2021/08/03

人間の(細胞の数)? 

(かに折りさん)?

 昔、私が初めて聞いたときは、『人体は60兆個の細胞で出来ている。』でしたが、最近はこれが37兆個ときっちりした数値に減らされていますね。あの山中伸弥教授(Prof.Yamanaka Sinya)が言われているので最新の認定数値ということでしょうね。なにか深い理由でもあるのか知らん。

 まあそれでも大変な数ですが、この細胞の中には複数の共生者の(ミトコンドリア)が居るし、腸には多数の(細菌)が居るそうだ。その数なんと100兆個だって!

 ともかく我々一人の人間は、無数に近い生命の共同体だと、テレビにて、具体的な映像で見せてもらえるこの頃だ。そういう神秘的な映像から教わるのは、いやまったく精妙不可思議な人体です! しかし、そんなこと教えられ「うわっー!」と驚くも、実感などはまったくもって無い。いや感じ取ることなど出来ない!

 さてこんな凄い映像情報を、もしもかのレオナルド・ダ・ビンチさんにお見せ出来たら、『そんなこと私は予想していたさ。』とでもおっしゃるかな?

 いやそれは冗談、実は次の話に繋ぎたいのです。

 1枚のおりがみの中に(無数の夢や可能性)が内在していて、今発見されているものは、ほんのその一部。だから「クレオパトラの横顔」が出来たぐらいで、この世界の楽しみを終われる筈もないのだが、…ただこちらの肉体の衰えは如何ともし難い。

 このことだけはいやでも実感できる! そして、肉体が衰えると、脳細胞も疲れてか、意欲を覚えるテーマもなかなか思い浮かばない。

 そこで若いオリガミアンの方々、おっと今はオリガミストと呼ぶんですってね。おりがみをするには、タキシードかロングドレスを着ないとならないように響く改名ですね! ミュージシャン、コメディアン、オリガミアン、私はそんな名の方が好きです。 あれあれジジイになって嫌味が多いですね。どうぞ聞き流して。

 でもともかく、どうかこれまでに見たこともないような、すごいものを引き出して見せてください。

 ともあれこれまで自分で見付けた諸々を、同好の士にお聞き願いたいの思いもあって、こんなブログを始めたわけですが、まあそんなエネルギーもあとどれほど残っているか?

 おっとすみません。暗い話はいけませんね。でも私気持ちは明るいんです。知の巨人と称された立花隆さんの100分の1にも及ばないでしょうが、何しろ本をいっぱい読み、数え切れないほどの未知だった情報やドラマに触れて、いつでも心に感動を覚えて生きて来れた幸せな人間と感じているからです。

 それに加えるに「おりがみ」という大きな包容力を持った友とも手を携えて来れました。もはや何をか望まん。

 でもね、岡村昌夫(Mr.Okamura Masao)先生の論文に、『明治の頃のおりがみ好きの中で、江戸時代に考えられた(蟹=8本の足、2つのはさみ、2つの目玉を1枚のおりがみで折り出す奴です)が折れる人を(かに折りさん)と呼んでレスペクトを受けた。』といった一節がありました。

 で昔の作例ですが、大いに気に入っている「かに」を紹介してみます。 はいっ! この際しっかりと言いましょう、この私は、我が身の内で働いてくれている細胞は実感できないが、1枚の紙の中に潜む諸々を感じ取る技に、人より少し熟達している(かに折りさん)なんですよ?





(割りピン)という素材との、コラボレーションでの作例です。面白いでしょう。

2021/07/30

ざぶとん折り物語 付記

前川淳(Mr.Maekawa Jun)さんの「無限折り」

 4月に前項の「クレオパトラのプロフィール」が、図らずも出来てしまったことからこれはもうドヤ顔にて自慢しなくてはならない!とて再開した当ブログですが、いわば(卒業制作)を終えてしまったら、さて? もう思い出を語るしかない?

 で、今更私が語らなくても、皆さんの方がずっとよくご存知の前川さんの、私だけの思い出を記してみよう。

 彼の作品集を最初に手掛けさせてもらったことで、以後の私のおりがみ観は大きく変えられるところとなった。そしてそこからおりがみ世界全体の技術がレベルアップしたと確信する。

 彼のまず第一の功績は「かどを、いくつでも、どこにでも自由に折り出せる手法、すなわち人の言うところの(前川おりがみ原子論)の発見だ。すごい!

 この発見の結果おりがみ造形のくふうが、試行錯誤のものから(設計するもの)へと発展したわけです。

 しかし試行錯誤のくふうしか出来ない私には、(小声で正直に言うと)、私はこの理論あまり使えません。この設計理論を紙の上に折り線として具体的に描き出すには、やっぱりパソコンが必要となるようですが、そもそもパソコンはいつまでたっても未熟で、もっぱらワープロとEメールとして用いるばかりなんです。

 さてここで違う話題を紹介します。 おりがみと双璧をなす伝承の遊び(あやとり)の研究でも著名であられた早稲田大学の数学の先生、野口宏(Prof.Noguchi Hirosi)教授が、あるとき面白い話をしてくださった。

『あやとりに(はしご)というのがあるでしょう。3段、4段、5段、と増やして行くのを、試行錯誤で楽しんで来たのですが、一人の東大生がそれを数式化して、何段でも自由自在に取れて、しかもそのクロス部分のひもの(上下関係)も自由にした! だから今は(はしご)をしない人が増えましたよ。』

 おっとごめん。前川さんの発見はこれとは違い、かどの数を望みのまま折り出せる技術として広く普及されていて、現代おりがみの(基礎理論)の一つですね。

 その点東大生のやったのは、あやとり作品の一つの広がりを解明しただけで、あやとり全体の(基礎理論)とは違うだろうと想像している。だから要するに(前川原子論)は、私の試行錯誤おりがみにとり、意欲を損なうようなものではまったくないのですね。(いえね、この頃“東大”の語が氾濫しているので、ちょっと嫌味を言いたくなっただけですよ。)

 それにしても、優れた頭脳から「折り線交点の定理」とか「変化おりづるの処方」…、など明快な基本事項にすごい発見をたくさんしてくれていますね。

 でも私がもっとも感激した発見は「無限折り(この“無限”という言葉も、今すごく流行っていませんか?)」です。

 1905年に、インドの T. スンダラ・ロウ(T.Sundara Row)とおっしゃる数学の先生が、「おりがみで幾何学演習(Geometric Exerscise in Paper Folding)」という書を出版された。 

 この本のことは、伏見廉治(Prof.Hushimi Kouji)先生が、満枝(Mrs.Hushimi Mitue)夫人との共著で著された「折り紙の幾何学 日本評論社 1979年刊」の中で紹介をされていて知ったのです。

 伏見先生は、ロウさんの「正5角形の作図法」の改良ということでの紹介でしたが、私が心惹かれたのは、ざぶとん折りを(面積を半分にする折り)として取り上げ、そのことで(数列の和)という数理を教えている点でした。

 すなわち折る前の正方形の面積を1とすると、ざぶとん折り1回するとは面積を2分の1、さらに続けて2回すると4分の1=2の二乗分の1、3回は2の三乗分の1、…それをn回続けて2のn乗分の1、でその(和)を求めると、それは最初の紙の大きさ(1)へと行き着くわけで、答えは(1に収束)となるわけです。

 そこでそんな視点を実感してみたいとてやってみると、15cmのおりがみでは、5、6回で厚くなって折れない! それは完全に(紙くず製造)だ。

 ところが前川視点では、これを(直角二等辺三角形の折り)に変えることで、そう!(無限折り)になるのだ。お見事! そしてつくば大のおりがみ教室で彼の曰く『死ぬまで折り続けてください。』

 確かにそれは理屈の上では無限に折り続けられる。まあともかく実際にこれを12、3回試みたものは、造形的にも美しい。私はこの前川無限折りをお借りして、この造形美を立体化してみた。そしてパウロ・ムラチンヨさんのご好意によりドイツから出版させてもらうことになった「おりがみ 図形と幾何学 Origami figurlich und geometrisch Augustus刊」の中で紹介させてもらったが、今でも時々この(無限折り)を楽しませてもらっているんですよ。 


 写真左上が「無限折り」のオリジナル形。それを反転して立体化してみたというわけ。皆さんも折ってごらんなさい。おりがみの楽しさが満喫できますよ。


 

2021/07/07

中国テレビドラマ「三国志」のこと

私の好きな中国の3人の映画監督のこと

 陳 凱歌(チェン・カイコー)、張 芸謀(チャン・イーモー)、そして高 希希(ガオ・シーシー)がその方々。

 まあそれぞれが見事な作品を多く作っておられて、それぞれに感動させられますが、今回はガオ・シーシー監督の「三国志」の感動について語らせていただこうと思います。

 この90数時間に及ぶ大長編ドラマは、ずっと前テレビ放映されたとき、わくわくして夫婦で見ましたが、今回息子のおかげで、パソコンにて再見することが出来、ますます好きになりました。

 何しろキャストがいい! 曹操(チャン・ジェンピン)、孫権(チャン・ポー)、劉備(ユー・ホーウェイ)、諸葛亮(ルー・イー)、周瑜(ビクター・ホアン)、関羽(ユー・ロングアン)、張飛(カン・カイ)、呂布(ピーター・ホー)、趙雲(ニェ・ユエン)、馬超(チャン・イーリン)、曹丕(ユー・ピン)、司馬懿(ニー・ダーホン)、…まあこの映画を通して知った俳優が大半ですが、ともかくすべて吾がイメージ通りのキャラクターが選ばれている。そして英雄豪傑たちの強さだけでなく、弱点やいやらしさも見事に描いている! つまり紙芝居ではまったくない、リアリティーある歴史絵巻だ。

 「三国志」との歴史物語を初めて知ったのは、高校生の頃、吉川英治の作品においてで、そこでの主役は漢帝国の再興を願う劉備玄徳(りゅうび げんとく)だった。が、ガオ・シーシー監督では、実質的に三國の覇者となった魏の曹操孟徳(そうそう もうとく)が主役だ(この原作は羅 貫中)。

 まあこんな言い方は間違いで、歴史群像と呼ぶのが正しいのだろうが、やはり最も監督の情熱が強く感じられるのが、曹操のように思えるのですね。そして私の思いは、それにより大いに変化させられた。 

 曹操は狡賢くて、姦雄なんて言うのが一般的だが、すごく人間臭い魅力的な英雄だ。そして詩人でもあったそうな。そして赤壁の戦い以外にも幾度か敗戦をする。まあ皆さんにこんな話は無用。

 私がここで紹介したかったのはガオ・シーシーという、ちょっと楽しい響のお名前と共に、その見事な監督ぶりのこと。

 なおこの後で監督された「項羽と劉邦」も素晴らしかった。「三国志」で呂布を演じたピーター・ホーが項羽の役をやっている。呂布のときは並外れた豪傑だが、自信過剰でトロい面もあるところを、実にうまく演じていた。が、項羽となると一変し、かみそりのような研ぎ澄まされた性格を見事に演じていた。1トン余の石の鼎を片手で持ち上げるシーンは圧巻だ! 

 なお女性に弱いところは共通で、呂布のときは貂蟬(ちょうせん、テェン・ハオ)、項羽のときは虞姫(ぐひ、リー・イーシャオ)という絶世の美女だ。二人の女優さんも実に美しく、どちらのカップルもよかったー! なお劉邦は、チャン・ダオミンという私も知っていた名優が演じた。

 まあ映画好きの身には、その感動を語りたいんですよね。ただそれだけです。




 この映画にはおびただしい数の馬(多くはCGかな?)が戦闘場面になると登場し、その迫力は圧倒的だが、中でも呂布の愛馬(赤兎馬 せきとば)はすごい! 呂布から曹操のものとなり、それから曹操が畏敬する関羽に譲られ、大活躍をする。馬は地上で最も美しい生命と思う私は、おりがみでくふうするときは、いつでも心から楽しんでいますよ。


  

2021/07/03

内山興正先生との最後の思い出

「コマ」の中心

 それは1994年、滋賀県大津の成安大学にて行われた「第二回国際おりがみ集会」に参加の後のこと。ドイツ在のブラジル人パウロ・ムラチンヨさんとドイツ人で彼の奥さんジルケ・シュレーデルさん、そしてオランダ在のポルトガル人、パウロ・タボルダ・バレットさん(Mr.PauloTaborda Barreto)の3人をお誘いして、内山先生のところをお訪ねしました。

 こころよくお迎えくださったのですが、驚いたのはそこに奥様がいらっしゃったことです。でもそれは本当に嬉しい驚きでした。

 いろいろと哲学的なお話をしてくださり、通訳を促されるも、高度な説話はまったく通訳など出来ず、冷や汗をかきましたが、3人はとてもスマートな人達とて、その場の雰囲気で多くを察して、私の語学能力の程度を理解してくれたようです。アルコールが入ると、蛮勇が出てしゃべりますが、シラフのときは、まるでボンクラ!

 そしてこのとき、最新のくふうだとおっしゃって、(おりがみのコマ)をプレントしてくださると共に、それを回しながらこんなお話をしてくださいました。

『ほら、この通りよく回るでしょう! コマって”独楽(どくらく)”って書くでしょう。だから一人で回して楽しんでいるんですよ。はっはっは。 ところでね、ここで回っていないものがありますがわかりますか? それ(コマの中心)ですね。

 さて私は仏様の教えに従って生活しているだけで、食べ物も住む家も、ぜんぶひと様に支えて頂いて生きているわけですが、そのことを少しも恥じたりはしません。

 すなわち私の心はこのコマの中心のように、不動でいられるんです。私が仏様の教えを不動の心で人々にお伝えすることで、皆さまが忙しく回ってくださって、私の不動心を援助してくださっているのです。』 

 これが内山先生との最後の思い出なんです。なおブラジル人の方のパウロさん、彼は写真の腕はプロ級でして、そんな彼ががたくさん撮ってくれた師との(ツーショット)は、私の宝ものです。



 なお別れ際師は、『私はもうおりがみの方の活動をする時間がありません。で、おりがみについては、あなたに衣鉢(いはつ)を託します。』とおしゃられた。
 このことは、3人に帰り道「師からおりがみのバトンをタッチされた」と話したら、3人揃って握手してくれました。でも具体的には何をすればいいのか? 今尚分からない。
 こんなブログをやることがそれに当たるのかな? なんて思っています。



2021/06/29

美ら海(ちゅらうみ)水族館

まったくもって(誤解)の連続!

 二昔近く前になるでしょうか、日本折紙協会沖縄支部(このときは違う名称だった? 具体的には、当時代表であられた島袋保子(Ms.Simabukuro Yasuko)さんからのお招きにて講演に伺い、大いなる感激の中でそれを終えての休みの1日、素晴らしい「美ら海水族館」に初めて行きました。

 いやっー、本当に素晴らしい水族館でした!  巨大な「ジンベイザメ」の悠揚迫らぬ泳ぎの姿には感動させられましたね!

 ところで、このとき私の心には、大きな一つのわだかまりがありました。それは希少生物のジュゴンの生息地であると聞いた辺野古(へのこ)の海が、基地の滑走路として埋め立てられるというニュースです。

 日本の基地の7割も押し付けている上に、さらに美しい自然まで破壊する! こんな暴挙をやって、それで利益を得るのは一体だれ?

 とまれこんな決定に強い怒りを覚えるものの、私なんかにはどうしようもない。でともかくジュゴンに会いたいと思いたってこの水族館へ行きました。そしてついに対面出来ました!

…が実はそれは「マナティー」だったのです! しかしそのとき、私は「ジュゴン」と「マナティー」とは同じ生物で、生息場所の違いで名前が違うのだろうと誤解していたんですね。

 さてそんな誤解のまま長い時間が経過した後、信州おりがみ交流会「りんどう」にお呼ばれしたときの(テキスト)に、おりがみ「ジュゴン」の紹介をしました。それからまた長い時間の経過の後、NOAのマガジンにこの作例の紹介をしてくださるとのチャンスを得ました。

 このとき、編集長の青木伸雄(Mr.Aoki Nobuo)さんからそっとやさしく『ジュゴンの尾ひれの形状が、マナティーのそれになっていますが、直していいですか?』とのご指摘をいただいて、初めて自分の誤解に気づいたわけです。そしてインターネットで調べたら『よく間違える人がいるが、別種の生物』の解説と写真を見たのです。

 そしてたまたまの偶然で、テレビのコマーシャルで『日本で唯一(ジュゴン)が見られるのは(三重県の)(鳥羽水族館)だけです。』との声を聞く。

 辺野古→ジュゴン→美ら海水族館→ジュゴンとマナティーは同じ? とそんな誤解の連続だったんですね。ともかく楽しく知識が得られ、青木さんには感謝しています。


 これは「マナティー」で、既にこのブログの最初の方で「ジュゴン」として紹介。が、それが間違いで、「ジュゴン」は次の写真の通り、尾ひれの形状が違う。




2021/06/21

驚きの事実判明!

自然界に(反物質)が一瞬だが存在する!?、との大ニュース! 

 下記するテレビ番組を見るほんの少し前、「又吉直樹さんの”ヘウレーカ(わかった)”NHK Eテレ」というテレビ番組では、『宇宙創生の(ビッグ・バン)のときに、(物質)と(反物質)が生み出されるも、この二つは出会うと光になって消えてしまう。で、結局のところ(物質)の方がやや多かったので今の(物質だけの宇宙)になった!!!
 だから以後宇宙に(反物質)は存在しないのだ。…でも今はそれを人工的には作れる!』

 そのように教えられたばかりなのに、その少し後のテレビ番組では『北陸地方の冬の時期に発生する巨大雷(スーパーボルト)の中に、反物質が発生していることが判った!(2021年2月21日の、NHK Eテレ サイエンスZERO)』 

 言うまでもなく、私などにはその高度な説明を聞いても頭は混乱するだけですが、心踊る驚きのニュースではあります。と言うより、すごいファンタジーではありませんか! 

 現代科学って、コンピュターの大発達により、自然の仕組みを急速度で解明しているようですが、私には目が回るばかりの話!

  物質と反物質が出会うと(対消滅 ついしょうめつ)とかで、すごいエネルギーを発散して(光)となるのだそうだ! そのエネルギーはなんと! 雲の中の(窒素)を(炭素)に変えるほどのものだと!
 それは正に極上のファンタジーだとも思える!

 大好きなアメリカの小説家ダン・ブラウンの(ロバート・ラングドンのシリーズ)「天使と悪魔」の冒頭は、スイスのセルン(CERN=欧州原子核研究機構)の高速加速器により(反物質)が作られるところから始まりますね。

 それにしても自然は、超奇抜な現象に満ちているようです。











2021/06/17

(ざぶとん折り)物語

(おりがみ用紙)の特性 

 それは、一面にだけ色が付けられ、裏面は紙自体の色の(白)。このおりがみ用紙の特性の素晴らしい(教材効果)を教えてくださったのは、阿部 恒(Mr.Abe Hisasi)さんでした。

『知的障害の子どもたちの施設で、おりがみの講習が出来ますか?と聞かれたとき、即座に思ったのが、表裏ということを活用することさ。そして依頼を引き受けて実行したとき、そう!「この色紙をぴたっと折って、白いところをぜんぶ色に出来るかな?」と、こどもたちに聞いたのさ。』
『もちろんその理解には、時間は掛ったさ。でも最終的にはみんな(さんかく)か(長方形)に折ってくれたんだよ。嬉しかったね。』 ああこれ、いい話ですね! なおここから先の指導の仕方は、講師のアイデアですね。

 ところでこのブログの始めの方で、このきっちり半分折りには、あと2種類あって、その一つがフレーベルが提示した(ざぶとん折り)による正方形だとの話をしましたよね。



 3つの(きっちり色面で白い裏面を見えなくする折り方)にはもう一つ、(5角形)があっって、昔喫茶店で一人コーヒーを楽しんでいるとき思い付き、小躍りした話しましたよね。

 話を戻しましょう。
正方形の布の四隅を真ん中に集めて縫い合せ、中に綿を入れた「座布団」と同じだからこの名になったわけです。ならば英語では(クッションcushion フォールドfold)と呼ばれると思いきや、これは(ブリンツblintzフォールドfold)だそうだ。
 はて(ブリンツ)ってなーに?
 
 アメリカの民族学者で、オランダ在だったガーション・レグマン博士(Prof.G.Legman)がその名付け親だそうだ。そしてこの名は、ユダヤの人の家庭料理で、春巻きの皮のように小麦粉を練って四角に延ばしたものに具を乗せ、(ざぶとん折り)様に包んで作ったものだとか。

 私が持っている程度の辞書では、この言葉は出ていない。それでずっと長いこと分からないで居た。が、三昔ほど前だったろうか、ニューヨーク・オリガミ・センター(現在のOrigami USA)にお呼ばれしたときのホテルの朝食時、並んだ料理のあれこれを選んでいると、ジャン・ポーリッシュ(Ms.Jan Polish)さんがお隣に来られた。
 その朝の挨拶の中で、なぜか突然この「ブリンツ」のことを思い出し、彼女に訪ねた。
『あなたが今お皿に取ったそれが、ブリンツよ。』

 外国に行って、シラフの時の私の脳は、常にぼんやりしています。だからこの「ブリンツ」どんな(具)が入っていて、どんな味だったか今は完全に忘れていて、思い出せない。でもともかく、ブリンツって、そういうもの。

 さておりがみにおいて、(ざぶとん折り)が(きっちり)と出来る用紙形が、正方形以外に二つ有るけれど、それ判りますか?(答えは後日。)

2021/06/13

サニーサイドアップ

サニーサイドアップ=(お日さまの面を上)って何? 

 これ(卵調理)の名前ですね。すなわち「目玉焼き」のこと。 英語名だと美しいが、日本語名はよく考えると不気味ですよね!
 でもこれ大好きです。もっとも昔から(片目!)しか食べませんが。 つい最近、うまく使えなくなってきた手の訓練と思って、紙をもてあそんでいたら、その(サニーサイドアップ)がイメージ出来るような形になったので、じっくりとそのイメージを定着させてみたのです。



  コロナ禍で自粛の中、短時間の訪問とて娘のファミリー5人が来た時、話題とて「何に見える?」と聞いたら、皆首を傾げたが、一番下の8歳のミレイが『目玉焼き?』と当ててくれました。いい子だねえ! イメージの共有が出来るのは「同志」だよ!

2021/06/05

ふと、思うこと?

母の一番上の義兄(私には大伯父)のこと 

  私の母は10人兄姉の末ということを前に明かしました。 その母の一番上の姉さんの伴侶は、小平雪人(こだいら せつじん)という著名な歌人でした。  
 明治天皇に進講したほどの人だったとか。 もち、末っ子のそのまた末っ子の私には、顔も知らず、生まれた時ご存命だったかも知らず、具体的な思い出などはありません。



  でもその雪人の句の一つは、信州諏訪湖畔に歌碑として残されていると教えられて、昔しっかりと目にして来ました。
 「五月雨や 大龍現ず 諏訪の湖(さみだれや たいりゅうげんず すわのうみ)」と刻まれていました。
  私には、スケールの大きい立派な句だと思えました。この著名な歌人の存在があってか、母を始め親戚には文学好きも多かった様子。



 












 さて私が小学生だった頃です。その頃は東京中野区の野方(のがた)という所に住んでいました。そこから歩いて小一時間行った所に、新井薬師というお寺が在りました。お小遣いを持ってそこの縁日に行くのが、少年時代の楽しみの一つでした。
  そんな縁日の出店の(金魚すくい)で取って来た数匹の金魚を、鉢に入れてじっと見ているところに母が言いました。 『親戚のダレソレが詠んだ歌だけれど、こんなのがあるよ。”金魚らは 何楽しみに生きるかと、ふと思もほえて、寂しかりかり。”と言うんだけど、どう思う?』それになんと答えたか記憶はありませんが、「素直な心での歌」と思い(50人超の従兄弟)が居たことを思い返しています。(雪人ではなかった?)
 でも今でもはっきりと覚えているということは、強い印象があったのだと思います。しかし今はそのお名前を忘れてしまった方の心理に、少し(上から目線)を感じる私が居ります。
 
 だって、他の生命の存在理由など分かろう筈もないではありませんか?
 今、新型コロナウィルスという、生命なのかも分からない、細菌よりずっと小さくて、光学顕微鏡では見ることが出来ないほど極小の存在に、地球上の人間は拘束され翻弄されています。
  ではこのウィルスが、次から次へと感染を広げているが、その(存在目的)って、一体何なのだろう?
  金魚なら、食べ、排泄し(そう、金魚の”うんこ”ね)、体を異性の目に魅力的にし、そして子孫を残す、…まあ、今現在の私には、親戚のどなたかと違って、金魚の生きる喜びはそれなりに分かる気がする。でもウィルスって、何かを食べるでもなし、交尾するでもなし、生命の細胞内でしか動けず、それに侵入することで、ただただ(遺伝子のコピー)をするだけ!
「ウィルスは、何楽しみに…?」 そもそもウイルスのエネルギー源って、何だろう?




  ヒトって、ただ一種の存在なのに、ウィルスって、とてつもない数の種類があって、しかも生命誕生のかなり前から存在していたらしい!?…テレビの(ウイルス特集)の解説を聴いているうちに、これは「地球上の生物のバランスを調整する(?)もので、ひょっとすると(”神か悪魔の助手?”的な存在)なのか? なんて妄想してしまった。

  もう一つ、生かじりの知識ですが、( ニュート リノ)という、質量をほとんど持たないと言われている物質が、星の生死から発生して、宇宙に無数に飛び交っているのだとか! 地球だろうと我々の体だろうと、スイスイと通過する!? これって、その存在意味の分からないことで、どこかウィルスに似てない!? 

 まあどうでもいいでしょう。そんなことの真相を知ったところで、我が人生になんの影響もない。…でも、知ることが出来たら、そりゃ楽しいでしょうね。
 そう!藤田先生(Prof.Hujita Humiaki)の教え、「知るだけで良し=Good Only Know.」。

 * 自粛自粛で、休んでいたら、また少々蛮勇が出て来たようで、ブログ再開してみました。ネタがどれほど見付かるか分かりませんが、のんびりとやることにします。おっと気になっていた「昔、始まりの物語 第2部」待っている人など居られないでしょうが、自分のためにいずれ始めます。ああそれから、自粛の(粛)の字の、書き順分かりますか? それって、まるで(パズル)ですよ。

2020/04/10

とうとう200項目!

予定の倍!

 こんなブログを開くにあたって、せめて(100回)くらいはやろう!と思いました。それがその倍の(200回)になりました。ああ、もう十分ですよね!

 おっとそうです。…(ファンタジー)のことは、…いつも頭がカオス状態の者の妄想でしたね。

 かくてこれだけは中途半端なままで、いささかの後悔の思いになりますが、…まあまたいつか、恥ずかしさなど何するものぞ!の、新たなる蛮勇がもしも出て来たとしたら、ブログの再開にても考えるかも知れませんが、ともかく疲れを覚える今の時点では、休止としましょう。ここまで見てくれた方々に感謝します。

 ともあれ、よくここまで続いたな!が実感です。

ずっと前の「回転折り」と名付けた
技法の、基本のものの姿を(半開状態)
にしたものは、ただ眺めているだけで、
何やら知らず楽しくなる!「空想の国へ     
の階段」なんて呼びたくなる。    

(追記):本年3月1日のNHK教育テレビの「サイエンスゼロ」で、「DNAオリガミ」という番組があったので、しっかり見ました。とても興味深い内容でしたが、(オリガミ)はネーミングミスだろうとの批判もあると、番組中にコメントがありました。

 でもすごく嬉しく楽しい話で、オリガミを「織り紙(Ori→weave)」とすると、決してミスではない、なんて手前勝手に思いましたけれどね。

 それにしても、科学は一体どこまで発展するのでしょうね! 楽しいような恐ろしいような、複雑な思いです。


(追記2):新型コロナウイルスのパンデミック! ああなんていう事態でしょう!
 昨年は風水害に苦しめられ、だからもう地球温暖化よ鎮まってくれ! そんな願いが、こんな形で現れたのでしょうか? それとも、あまりにも増えた人間に対しての、ガイア(Gaia)の抗体反応?!?!

 しょうがない、家に篭って妄想ファンタジーを考えることにしましょう。 でもこの事態、一体どうなって行くんでしょう!?!?

2020/03/21

ケーナとコンドル

フォルクローレの魅力

 中南米の民族音楽(フォルクローレ)に、いよいよ強く魅了されるようになったきっかけは、横浜の楽器屋で、飴色の光沢を見せる葦から作られた「ケーナ」という楽器を入手してからだ。

 確かにそれは葦なんだろうが、見た目にはほとんど竹だ。(余談だが、尺八を趣味としていた父の遺品として、それをもらった。兄姉は、それにまったく興味を示さなかったからだ。…でも私には尺八はちっと難しく、より吹きやすいケーナがむいていたようだ。)
 葦にしろ竹にしろ、人間の息と植物繊維との調和により、なんとも美しい音が出る。もちろんうまくなればだが。

 さて、何台ものウォークマンが壊れて聴けなくなって、今山ほどのフォルクローレのテープが、寂しくストックされているが、いずれ折を見てなんとかCDに移して、改めて胸を熱くしてみたいものだ。
 名曲「コンドルは飛んで行く」だけでも、演奏者や歌い手が違うもので、20種を超えるものがあって、そのどれもがたまらなく好きだ。

 そんな自慢話と共に、おりがみの「コンドル」、ご披露しよう。

 インディオの人たちは、この鳥を(神の鳥)として崇拝しているそうだ。アンデス高地の上昇気流に乗って、ほとんど羽ばたかずに飛翔する、翼長3メートルもある最大の鳥。
 性質はおだやかで、悠然と高みを滑空する優美な姿は、正に神の鳥と呼ばれるにふさわしいようだ。

コンドルの翼の先の形状は、今の
航空機に応用されているそうですね。
 何ですか、省エネ効果があるとか!

2020/03/17

遠近法と遠近感

何を今更?

 2次元の絵画に、3次元的な奥行きを感じさせる技法(遠近法=perspective)のことを、私が述べるなどおこがましいようだが、逆に今の私たちの常識から思えば、ルネサンスにてこの技法が示されるまで、だれも知らなかったという、そんな事実の方が驚きだね!
 だって、広い風景の中で遠くを見れば、諸々は彼方に向かって収束してるじゃん!

 今の時代はあらゆるものが、信じられないくらいのスピードで解明されているので、昨日知らなかったことが、今日はもう常識に成っている!

 話はがらっと変わってすみませんが、(時間の遠近!)の話を紹介します。 脱藩浪士の坂本龍馬(Sakamoto Ryouma)が、江戸から土佐に居る姉乙女( Ryouma's sister Otome )に頻繁に文を送っていたそうだが、その一通の経費は今の金に直すと、十万円あまりにもなるだろうそうだ!

 だって飛脚が走って、途中では宿泊もしながらの配達だからだ。加えて、また帰りにも同じ経費が必要だ。もし複数の公文書ならもう少し安くはなるだろうが、なんせ脱藩浪士となっている筈の龍馬が、個人で、そんな金があるのはおかしい?…作家加治将一(Kaji
Masakazu)氏のこんな指摘には頷く他ない。

 この作家の明快な歴史推理における、距離や時空の(遠近感)には驚かざるを得ない。なんと、ヤマトとエルサレムが結び付けられる!

 スマホや電子メールが当たり前の今、歴史の遠近感の事実認識には時間が掛かる!

 いや、私に似合わぬ話は止めよう。ここに、おりがみで遠近法を使った(?)作例があるのでそれを紹介しよう。

「北極海の氷山」を描いてみたもの。あなたが(かもめ)になったとして見ていただくと遠近感を覚えていただけるのではありませんか?

大小二つの氷山の距離感での遠近。
ここでは氷山は2次元にしてあるが、氷
 山を起こして3次元にすることも出来る。
(既出)

 かくて今更、あえて知ったかぶりを語ってみました。変わったおりがみ作品に、もったいを付けるために!
 

2020/03/13

テレビという機械

(夢の箱!?)への夢

 20代の頃の話です。私は大学で(放送)という学科を選びました。つまりはテレビという、私には最先端と思う仕事に関わりたいと望んだからです。しかしそれには、重大な時間目測の誤りがあった。
 私の卒業のときに(1964東京オリンピック)があるので、放送関係は求人が多いだろう、だがそれが目測の誤りというもので、本当に使える人間は何年も前から養成されていて、…まっ、当然だ!
 そんな現実から、放送局ではなく、企業の宣伝課に就職することで、まあともかくテレビとの関係を持つことが出来た。

 さて(絵)に動きを与えることで、そこに(生命感)を引き出すことに情熱を燃やした人、それがウォルト・デズニー(Walt Disney)や手塚治虫(Tezuka Osamu)だ。
 そしてそんな方々への憧れが、「おりがみを動かしたい!」の思いに成り、宣伝課に入ったことで、(コマーシャルフィルム)にてその夢の一端は果たせた。…とまあ、こんな自分史のことは前に書いたので繰り返さない。

 ところで現代の電子機器のいろいろに通じていると、この(何かを動かす)という表現が、きわめてイージーに出来るようだ。機器があれば、小学生でもいろいろなものを動かしての表現を、正に遊びの感覚でやっているようで、私のかつての夢の思いを代行してもらっているような気分だ。 

(コマ撮り撮影)が私が知る、そのもっとも基本の手法だけれど、これにはかなりの根気とエネルギーが必要だ。一方、夢のまた夢となるのがCG(コンピュータ・グラフィック)というもの。ああいうのを自由にやれる人は、私の目には正しく魔法使いと映る!

 そういう魔法の映像がテレビから流れ、お茶を飲みながら鑑賞出来る! そんなのを見ると、テレビという機器は、私には正に「夢の箱」だと感じる。(ただし、ある面で「パンドラの箱」みたいな一面もありそうですがね。)
 いや、技術の凄まじい進歩は、テレビを(箱)から(板)に変えていますよね! そのうち(幕)に変わるかもね。

 しかし、おりがみをおりがみらしいシンプルな造形で動かして見せてくれるものは、まだほとんど見られない。
 3〜40代の頃、エネルギーがまだ結構あった時期には、2、3のコマーシャルにて(おりがみ動画)の依頼を受けて作業したが、スポンサーの意向に従わねばならないとの縛りがあるので、そんな現実に正直私の夢はまだ達成されて居ない。

 が、さりとてもう私にそんな夢を実現出来るようなエネルギーは残っていない。ああ、だれかそんな夢を実践してくれるような興味と情熱を持った人が出て来てくれないものかなあ、と(懇願=こんがん)の声を上げてみた次第!


「市松パズル」後日談

 このパズル難問につき、楽しい展開があったので、レポートしておこう。嬉しい反応を示してくださったのが、愛知の半田丈直(Handa Takenao)さん。まずは(7回折り)に二通りの解答をメールにて送ってくれた。(小松さんと川畑さんの解答に等しかった。)

『新型コロナウイルスの発生で、家で持て余す時間に楽しんだ』ということだった。そしてその後、…なんと(6回折り)にも解答された! すごーいっ!

 そこで、そもそもこの話題をもたらせてくれた、川畑文昭さんに確認をお勧めしたところ、この難問の発案者、田中将司さんという方の解答と同一と知れたとのこと。

 が、ここでさらなる驚きは、『田中さんはもう一つ答えを見付けた!』と聞くや、半田さんすぐにこれに挑み、それも見付けられた!

 まあなんと頭の柔軟な方々だろう! それに引き換え、私は頭も指もがちがちだ。かくて未だに(6回折り)の答え見付けていない。だから私の楽しみはまだ残っている、と負け惜しみをつぶやいているところ。

 それにしても、この「市松パズル」これほど奥の深いものだったと教えられ、心から嬉しくなっています。こりゃまるで「おりがみの詰将棋(つめしょうぎ)だ!」
 

赤目ちゃん
ぴょんと跳んでみておくれ!

2020/03/08

離合集散

去って行く人、邂逅する人

 これはどなたも同じだろうと思うが、付き合いを止めて去って行く人があれば、入れ替わるように新らたに邂逅する人があり、「ああ人生って、まったく離合集散の繰り返しなんだなあ!」としみじみと思う。あなたはそんなふうに思いませんか?
 そしていつまでも変わらず接してくれる人が、友なのだと思う。友とは、例え一時口争いなどをしようとも、お互いの心に強い友情と敬意があれば、必ず還って来る。そう信じている。

 さて令和という新たな年号を迎えて、長年続けて来た(年賀状)を止めることにした。例年、いただいた年賀状に対し、元日の朝、酒をゆっくりと飲みながら、一人一人の顔を思い浮かべて、手書きで年賀を書いて来た。

 ただこの作業のとき、ぜひともほしいのが「酢タコ」で、3年前までは暮にはそれが買えたが、…何ですか、この「タコ」が(獲り過ぎ)で不漁になってしまったとかで、値がすごく高騰し続け、一昨年はその販売すらも無くなっていて、それでもうがっかりとして、上記の決断となった!? だから、万年筆のインクも、毛筆ペンも買わなかった。これ、(タコ墨)からの連想としての判断ね?!

 加えて、良き先輩も、多くの友たちも居なくなったこの頃。かくて年賀状のための金は、もう必要なしとて酒に費消した。まあ、このことで、嫌う人は嫌ってちょうだいだ。

 人徳の低さからか、心から楽しく語らえる、友と呼んで良い人はとても少ない。でもそんな数少ない付き合いの人と、1年に1、2度でも、利害を離れて語り合えたときは本当に嬉しい。
 そんな嬉しい会話で、先日会えて語った友人との話題の一つが、言葉の大切さだった。「初めに言葉あり。言葉は神と共にあり。…これっていい言葉だねえ。」その言葉を紙の上に記したものが本。そしてその本の仕事が出版。その本の出版が危機的状況に在る!

 パソコン、スマホ。私など夢にも想像出来なかったような、魔法のようなことを見せてくれる電子機器が今や世に氾濫し、我々の目と耳と心を釘付けにしている。かくて本など重くて嵩張るものは、少なくとも若い人たちにはすっかり敬遠される。

 でもそんな電子機器たちの発明のおかげで、諸々の謎がすごい勢いで解明への光を得ているようだ。(そんなことまで解明してくれたって、嬉しさは実感出来ないよ。…本音)

(素粒子コンピューター)だの(11次元での宇宙論)だの(ゲノムの解明)だの、私なんかの思考の範囲を超える思案のあれこれを聞くと、一方でそんな迂遠なこと知ってどうなる?と思うが、そのときです! 藤田先生の(GOK=知るだけで良し)の教えを思い返すのです。…そうは思っても、出版不況はこの上なく辛くて寂しい現実だ。だって私は、これを職業として来た者だからですよ。(かくて今はご隠居さんね。)

 なんですか、若い人たちの多くは、(動画)でしか諸々を理解しないとか!?『言葉(=文字)は、神なり。』は、もう遠い夢の話となっているのですか!

 あと何年、何日の時間が残っているのか知らないが、新しい話を聞き、学び、役に立てることなどなかろうとも、まったく気にしないで心を満たして行こうと思う。

 信州の友人、成田さんが、今年の干支に
かけてか坂城町の名物との「ねずみだいこ
ん」という、辛みの強いものを送ってきて
くれた(写真)。初めて見るものとて、ま
 ずはパチリ。自然の造形って本当に楽しい!
  ジャコと大根おろしでいただきまーすっ。


2020/03/05

紙ひこうき

長ーく感じる、ときめきの時間

 今すごく人気が沸騰していると聞く、NHKTVの番組「チコちゃんに叱られる!」の中で、『老人になって、時間を短く感じるのはどうして?』という問題が出ましたよね。
 実際私はこの頃、時間の経過が速く感じられてなりません。今年の正月もあっという間に過ぎてしまいました! そしてこのことはチコちゃんの教えでは、『ときめきが無くなったから』というものでした。

 本当に、嫌なニュースばかりが連続していて、ときめくどころではありません。だから時間は猛スピードで過ぎ去って行くようです。

 で、私は深夜にこんなたわいも無い雑文を記す時は、せめて童心に還ろうと努力をしています。すると、なんとか時間経過がゆるやかに感じられる気がします。そして、そんな童心の中で、ときどき具体的に遊ぶのが「紙ひこうき」です。
 部屋の中でこれを飛ばす。うまく飛んでもそれはほんの1、2秒です。が、それがかなり長く感じられる。要するに、微かながら(ときめいている!)のでしょうね。

 思い出します。あの伏見康治先生が、ご講演の折、ほんとうに嬉しそうに「飛行鶴」を飛ばされている様子を! 間違いなく童心に還って、ときめいておられたのでしょう。

複葉偵察機
 左右に目のような感じがあるので、
偵察機と名付けました。ここに空気抵
抗が生じるのか、ふわっと上下に振れ
ることがあって、それが面白い。  
 昔「りんどう」でお伝えしたか?