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2019/06/24

回文(かいぶん)

言葉を愛した人々と、…

 昔、落語家の立川談志さんが、『おれが死んだときの死亡記事は、談志が死んだ。の回文にしてくれ。』と言っていたのをテレビで見ました。はて、亡くなったとき、ほんとうにそう書いた新聞あったのかな? ともかく、言葉を愛した談志さんですね。

 さて前項での「矢野目源一編 娯楽大鑑」から、この(回文=上から読んでも、下から読んでも同音のもののこと)のいくつかを紹介させてもらいましょう。

 まずは談志さんと同じような短い言葉から。
塀のあるあの家  磨かぬ鏡  私負けましたわ  留守に何する  ダンスが済んだ
旦那が何だ  いか食べたかい  隣家は官吏  色白い  良く利くよ  夜居るよ

 次は(俳句)のスタイルで。
草の名は 知らず 珍し花の咲く    消ゆる子の 片身に見たか 残る雪

 (和歌)のスタイルで。
長き夜の とおの眠りの皆眼ざめ 波乗船の 音の良き哉
草々の 名は知らぬらし 花守も名は知らぬらし 花の咲く咲く

 いやいや、他人の本の抜き書きでは、ブログのネタも種切れの様ありありですね。自分でも何か気の利いたのを、と思うも、…
邦、食べた肉  つまんねー!

  

    
 

2019/06/21

なぞなぞ遊び

古書からの書き写し

 昔、お世話になっていた久保書店の蔵書で「矢野目源一編 娯楽大鑑 東西遊びのいろいろ (東京)洋元書房 1947年刊」というのを貸してもらって、いろいろと書き写したノートが出てきました。そこには、今見ても面白いものがあったので、紹介してみましょう。

1、寛永年間(1624〜1644)の碓氷の落首(らくしゅ)の歌の文句だとあった、
  八万三千八、三六九、三三四四、一八二、四五十二四六、百四億四百。
  これ、なんと読む!?
  山路はさむく、さみしよ、ひとつ家に 夜ごとに白く 百夜置く 霜。
  (真ん中の一八二の読みが、とくにすごい!)

2、英文で一番長い綴りの文字は、何か知ってます?
        前に、別宮利昭氏の織り紙地球儀で、RHOMBICTRIACONTAHEDORON(ひし形30
  面体)なんていうのを教えてもらいましたが、これかな?
  いやいや、そんなのよりもっと長いのが、(Smiles=複数の微笑み)です。Sとsの間が
  なんと! マイル(mile)=1.6キロメートルもあるんですよ!

3、(とんぼ)と(はち)が、東西に分かれて戦争をしたそうだ。はてどちらが西軍?
  これの答えは後で。

4、ある国の王様が魔法を使って、自分の身体に尾と耳を付けましたら、到々本当の獣
  になってしまったそうだ。はて、何でしょう? これ漢字のなぞなぞ。
  この答えも後で。

5、草木の間に人あり、さて何の木か? 上の4、と同じ(漢字なぞなぞ)。
  この答えもまた後で。

6、春夏秋冬四季の木とは? これは答えを言ってしまいましょう。
  椿、榎、楸、柊。 (つばき)(えのき)(ひさぎ)(ひいらぎ)
  (ひさぎ)という木は知らなかった。あなたは知ってた?
  「楸」は別名「アカメガシワ(赤芽柏)」あるいは「キササゲ」と言うとか、でも?

7、花に三つの顔があります。三つとも1日の内三度に別れて顔を出します。はて?
  これはもう前の項で答えをご覧いただきましたね。??

8、「狐の大声」とは、どんな野菜? これトンチなぞなぞ。
  この答えも後で。

9、ある動物が5匹並ぶと、アメリカの都市となりますが、それって何だ?
  この答えも後で。

10、小野篁(おののたかむら=平安時代の貴人、文人。)が、勑問(ちょくもん=天皇
  の質問。)に答えて成功したという伝説があり、平安時代より(なぞなぞ)の流行が
  あったことを物語るものの証と言われる。で、その問題とは?
  子子子子子子 子子子子子子 さてこれを何と読む?
  篁の答えは、
  猫の子 子猫 獅子の子 子獅子。(子)の字は、(ね)(こ)(し)と3通りに読
  めることでのなぞなぞ。

 さて、3、の答えは、2×4が8で、はちが西軍。
 続いて4、の答えは、(羊)。 5、の答えは、(茶)。 8、の答えは、(大根)。
 9、の答えは、(鹿5)。 なお、7、の答えは、(朝顔)(昼顔)(夕顔)ですね。

2019/02/16

造形で勝負!?

「絵のない絵本」

 アンデルセンの名作にこんな題名の物語がありましたね。

 実ははるか昔の出来事ですが、大好きだった切り絵絵本作家の、東君平(ひがし くんぺい)さんが急逝されてしまうという、ショッキングな出来事がありました。
 そんな東さんに、3部作構想の絵本プランがあり、その2作は実現されたものの、最後の1作が、絵コンテだけが残されていたそうで、…その前2作を実現させた福音館書店の編集部は、東さんのいとこで、よく知られた写真家の山口進さんといろいろと相談された結果、その第3作の実現に、他の切り絵作家さんに頼むより『おりがみでやったらどうだろう?』とのことになり、山口さんからの提案で、私のところへ話がまいりました。

 さてその初めての依頼の内容ですが、『折り方図の無い、完成形の造形だけでやってほしいのですが?』というものでした。

 おりがみって、(復元を楽しむ遊び)です。それが、折り方図の無い本とは!? で、一旦はお断りしました。 しかし、お断りしての帰り道、いろいろと考えて、「あの東君平さんと関われる上に、おりがみ造形が一つの勝負の好機なんだぞ!」と、そんな声が頭の中に聞こえて来ました。 で、家に帰ってすぐに電話をして「やっぱりこの仕事、やらしてください!」と言ったのでした。

 折り図の無いおりがみの本! そのときあのアンデルセンの「絵のない絵本」の言葉が頭に思い浮かびました。
 そして実現された「海のおまつり 東君平・山口進さく、笠原邦彦おりがみ 福音館書店 年少版こどものとも 150号 1989年刊」が出来たのです!

 自分で言ってはなんですが、これは実にいい本です! 君平絵本の上位に入れてもよいものだと公言したいほど自慢しています!

 後日譚ですが、孫の一人が、図書館で『これを借りて行くと言った本が、なんと!この(海のおまつり)だったのです!』 もちろんおじいさんが関係していることなど、まったく知らないで!

海の生き物のあれこれが登場しますが、主役は(たこ)
でした。その主役はなんなく折れましたが、ちょっと思案に
時間が掛かったのが、(さざえ)でした。基本的に、東さん
の絵コンテに従うわけですから、平面造形でなくてはならな
いのです。でもそれはうまいこと出来ました。「ああ、オレ
って、けっこうやるじゃん!」と自画自賛したものでした!

私が君平さんのファンであることの
証拠です。ある日偶然に個展をされて
いるところに出会い、そこにご本人も
居られて、このサインをいただきまし
た。               
右上のうさぎの切り絵のところに、何
やら薄い字がありますが、それは私が
東さんのこの作品についていた詩がか
 わいかったので、書き写したものです。
ボクは男だひげがある
ボクは男だ立ってする
ボクは男だ青いくつ 
もしかしたら、このときからご縁があっ
たのかしら? なんちゃってね。   


2018/12/16

鶴の変奏曲

モンテロ博士のおりづる(見立て変え)

 2000年のこと、P.C.O.C.(Pacific coast Origami conference=愛称ピーコック(孔雀)=太平洋岸おりがみ会議)のビッキー・ミハラさんのお招きにて、初めてサンフランシスコのお集まりに伺いました。と、そのとき、今から50年余前に日本で初めてお会いしたおりがみ同志のボブ・ブロコップさんに再会出来ました!
 ボブさんは、本多功氏や伏見康治先生にもお会いになっておられた方で、伏見先生のご著書(折り紙の幾何学)の中にもお名前が出ています。
 アメリカの映画スター、ダニー・ケイさんにどこか雰囲気の似た方で、ジャグリング(=複数のボールをお手玉みたいにしたり、壁にぶっつけたりする一種の曲芸)がお上手な方でした。
 そして再会して初めて知ったのですが、ロシアの(マトリューシカ)のコレクターでもあられました。

 私のサンフランシスコのプレゼンテーションを見てくださった後、『クニ、ユウダン、グッドジョブ』と言っていただいた後、お住まいにお呼びいただき、膨大なマトリューシカのコレクションを見せていただき、その後で二つものプレゼントもいただきました。
 さてこのとき、貴重なおりがみの資料の恵贈も戴きました。それがスペインで発行された古書「El.Mundo de Papel  by Doctor N.Montero=紙の世界 ドクター N.モンテロ著」という資料です。(この書のことは、2005年に日貿出版社から上梓した「おりがみ新発見3 古典から最新作まで300年の絵巻」の中でもいくつか作例を紹介しました。)

 さて、2年ほど前に時間を気にしない老後のために(時計)を捨てたのに、知らぬ間にそれは密かに経過を速めているようで、気がつけばもう師走! そして新しい年がもうそこまで来ている!
 そこで「時を超えて名作で有り続ける、永遠のおりづる」のことをふっと考えた。

 そんなこじ付けはともかく、上記の古書から一つだけ「足のある(別紙で付けた)おりづる(本の中では"こうのとり")」をミニチュア・ボックス作品として紹介します。
 ともかくも、このような発想は、私をすごく愉快な気分にしてくれる、実に奇想天外のアイデアなんです。

原題は「LA CIGUENA VOLANDO Y EN REPOSO」

 さて、面白い造形を見たところで、つるの関連で、「(織り紙)のつる」もご紹介します。これは、民芸にある「麦わら細工のつる」を(織り紙)にしてみたものです。

織り紙(Origami=Tape weaving)

     

2018/05/06

キューブ 1枚折りから6枚組みまで

問題は(5枚ユニット組み)!

 また(キューブ)の話に戻って、これを、(1枚折り)から始めて、ユニットでの(2枚組み)、(3枚組み)、(4枚組み)、…とくふうを進めて、最も一般的なスタイルの
(6枚組み)までを考えたとき、4と6の間にある(5枚組み)というのが、パズルのような印象のものとして、脳内に問い掛けて来ました。そこで…
 さあ、あなたならこの(パズル的な問い掛け)にどう答えますか?

 左は「1枚折り」 中央は「2枚組みの(おりがみサイコロ)」で、
前に「サイコロ、すなわちキューブの魅力」の項で、1、2、3、
の面をお見せしましたが、ここではその裏側の、4、5、6、の面
を出しました。                       
そして右は「3枚組みユニットキューブ」で、実はこれ、小学生の
(算数の教科書)に採用された自慢のキューブなんです!    
左は「4枚組みキューブ」 右は定番の「6枚組みキューブ」
で、この(4)と(6)との間の(5)の思案はいかに?  
 キューブの「面」も「辺」も「頂点」も、その数を5で割ると、
    小数になってしまうでしょう。で、さてどうする?         

私はこのパズル的な問い掛けに、抒情的な造形を思ってみたのです。ともあれ(1枚折り)から(6枚組み)までの「キューブ」の5種の紹介の後で、(5枚組み)の作例を紹介してみます。おっと、それを見る前に、どうぞ皆さんなりに考えてみてください。


私が(5ユニット組み)で着想したものは、こんな
(キューブに"耳”が付いたような形)でした。  
そしてこんな耳付きキューブは…?       
ユニット5枚組みキューブの「ねこ」と「ガマ」。
なお「ガマ」は、別名「歩き出したキューブ」と 
も見立てました。この方がいいかな?      

ユニット5枚組みキューブの「コアラ」です。
ただしこのコアラは、鼻のための(+α)とし
              て、(4分の1の黒い紙)を使用しています。              
なお、これを閉じた形にした場合、キューブの
頂点の一つを押し込んだ形となっていますよ。


教科書に採用されました!

 ある日、甥っ子の娘が中学生になったとき、『おじさんの名前での“おりがみ”が数学の教科書に載っていた!』とて、その子の祖母、そう、妻の妹がコピーを添えた嬉しい便りをくれました。実に嬉しく、そしてとても誇らしい思いにさせられました。
 もちろんこの出版社からの依頼は受けていましたから、知ってはいましたが、身内の子が気付いてくれたことがなんとも嬉しいことでした。

 ところでこの名誉な出来事は平成17年のことですが、これに遡ること10年前の平成7年には、「小学算数4年の教科書」にも私のおりがみが採用されました。
 このどちらも、私の本を見てくれた執筆の先生方のどなたかが選んでくれたようです。
巻末の(綴じ込み)で紹介されています。

 そして実に嬉しいことに、どちらも採用されたのは「キューブ」でした。ともあれ自慢の鼻高々に、その両方の教科書を写真紹介します。

平成17年発行の、中学生の数学の教科書(東京書籍)

平成7年の小学生の算数の教科書(大阪書籍)
ここでの右上にある「3枚組みキューブ」が、
上に写真紹介したものです。 なおこのユニッ
トは、裏側を外にしても組め、その場合は、模
様が現れます。              
キューブの(規定)なんか越えて楽しむ!

厳密な規定からは、こういうのを「キューブ」と
呼ぶことはいけない!…先生方からは叱られるか
も知れませんが、おりがみ遊びではこんな形も皆
「キューブ」です! すなわち左は「2枚組みの、
切子型キューブ」、右は「3枚組みの“筆立て”型
キューブ」です!              
なおどちらも、ちゃんとした「キューブ」とも出
来ますが、それでは面白くありませんよね。  
後ろの二つは、「やっこさん」の形からの発展で、
やっこさんを(ユニット化)して、その6枚組み。
 左は「面取りキューブ」、右は「くす玉キューブ」、
そして手前のものは「織り紙キューブ」と名付けて
みました。いずれもおりがみ遊びであって、教材で
           はありませんので、すべて「キューブ」の名で呼ぶ。          
 つまり私のライフワークとは、遊びとしての自由気 
 ままな追求なんですよ。             
「“正4面体”をハグする6枚組み、角切りキューブ」


2017/12/16

月桃紙の話、及び訂正

 沖縄の、ショウガ科の植物に「月桃(げっとう)」というのがあり、その茎皮から作られた「月桃紙」という紙は、実に気持ちよく折れるものです。少し黄色味を帯びたものですが、その風合もとても感じが良いものです。
 沖縄におりがみのサークルを作られ、私を沖縄にお呼びくださった島袋保子さんが、この素敵な紙をたくさんプレゼントしてくださり、感激して楽しませていただきました。
 下にその頃折った「雄ジカ」と共にその月桃紙をお見せします。こんな手の込んだ作例なのに、とても気持ちよく楽に折れて、何年経っても形がしっかりと保たれていて嬉しいです。

 なおインターネットで見たら、その葉には独特の芳香があり、防虫、防カビの効果があるので、この葉で餅を包んだ(ムーチー)という日持ちする食品もあるそうです。
 また種子を煎じて飲むと(健胃・整腸)の作用があるとか。つまり実に有益な植物なんですね。
 以前テレビニュースで、なにかの工事により海に土砂が流れ込み、サンゴに被害が出たが、そういった事故の再発防止のためにも月桃を植えて、土砂の流出を防ぐことが何より有効だと、識者の提言があったと聞きました。

 ああそれから、この月桃の茎からは(縄)も作られ、収穫したサトウキビをそれで縛ったとも! 何と素晴らしい植物でしょう。
 加えてその「月桃」の名も素敵ですね。なお島袋さんからは、この月桃の枝に付いた実も頂きましたが、これまたなんとも可愛い(ミニチュアの和菓子?みたいな形)なのでした。
 まあ頂いて大分年月が経ち、色が枯れてしまいましたので、写真紹介はしませんが、玄関に飾ってあり今でもその不思議で楽しい形を折々眺めています。


「月桃紙」は、壁紙や障子紙などにも利用され、防虫防カビ効果を発揮するそうだ。


最後の「大訂正!」

 このブログの始めの方のエッセイ「二つのお話」の中で、「天武天皇が“ヤマト”の国名をアラム語?により定めた?」…みたいな書き方をしてしまっています。そんなふうに書いたら、それこそ作家加治将一氏に失礼で申し訳ないことになってしまう!
 今年の〆括りに全体をよく読み直してみて、今にしてはっと気付いたのです! とにかくそんなふうに読めてしまう文章を書いていた!

 多くの人が知っているように、「日本書紀」の編纂を命じたのが天武天皇で、そのことから我が国の国名が(倭)から(日本)となったとは常識だ。 日本書紀という国書は、(ニホン書紀)で(ニッポン書紀)とはふつう読まない。それにこれが倭国の言葉なら、(日本)の文字は(ヒホン、ヒモト)か(ニチホン、ニチモト)なんても読める!?

 ところが加治氏の慧眼だと、これらは倭国の言葉ではないようで、アラム語と、イスラエルの人の名まえではなかろうか?…そして推論は進み、(ニッポン)となる! 

 先ほど言ったような、これまで教わって来た学習に照らすなら、(倭)を(ヤマト)と読ませたり、元明天皇が(ヤマト)には(大和)の字を当てたというような話も、そもそもするりとは飲み込めないで来た。 私がつい誤記してしまったのは、(日本)の文字をも(ヤマト)と読むよう教わって来たことも原因していたのかも知れない。
 ほら(日本武尊)は(ヤマトタケルノミコト)ですよね。そして古事記での(ヤマトタケルノミコト)は(倭建命)と当て字されているそうだ。
 つまりは(日本)=(倭)=(ヤマト)となっちゃうのではありませんか? すると(ワ)はどこへ行った?

 また私は、天智天皇(中大兄皇子)と天武天皇(大海人皇子)は(兄弟)と教わって来た。ところがそれがまったくの他人!と聞いたら、?!?だ。 頭はこんがらがって、…かくて混乱からあんな文章となったようだ。

 天智天皇の海外遠征(白村江)の戦いのことは、今では素直に(ハクソンコウ)と読んでいるのに、私の頃は(ハクスキノエ)というように読まされた。…一体これ、どこの言葉? 歴史教育というのには、なんだかすごく欺瞞があったように思えてならない。…加治氏の慧眼は、その欺瞞の発端は、天武天皇の遠大な計略が敷き詰められた「日本書紀」及び「古事記」に始まるのだ、というように指摘をしておられるようだ。

 ともかくもう言い訳はよそう。いづれにせよ、加治氏が言ってもいないことを、勝手に言い換えてしまったような文章で誤解を与えたことをお詫びし、撤回しよう。

 それにしても(ワ国)と言うと親しめるが、(ヤマト国)となると謎だらけだ。(弥生人)は(縄文人)よりずっと複雑な心の持ち主のようだ。とても縄文人の進化形が弥生人とは信じられない。つまるところ、二者は同一民族とは思われない。…そんなふうに思うとき、…ボートピープル(渡来人)=弥生人=古代日本人と考えたなら、はて、縄文人はどこへ行った? 各地に発生した(豪族)とは何人だ?

 確かに文明は弥生人によって飛躍されて、国家という形態が諸外国と並ぶように整えられたとは言えるだろうが、その結果、階級意識や権力闘争だのが吹き出して、支配被支配や貧富の格差が生み出されたのだ。しかしそんなもの、縄文人の心にはまるで存在しなかった欲望ではないだろうか。
 だがどうあがこうとも、時代をはるか昔に戻すことなど出来はしない。弥生人が持って来てくれた(鉄)や(米)や、そして(文字)を捨てることなど出来よう筈もない。

(日本)や(日本人)のことについて加治将一氏が言っておられたのは、…あゝまた間違った記述となりそうで怖いので、改めて「失われたミカドの秘紋 祥伝社文庫」をお勧めすることで止めておきましょう。同氏の著作物は、いずれも見事で痛快な(歴史ミステリーの解答の書)だ!

 なお、初めて(貨幣)を造ったのも、(天皇)の称号を自身に付けたのも天武天皇だそうだ。だから斉明天皇も、そして天智天皇も弘文天皇も、(天皇)とは呼べなく(女王か王かオオキミ)だ。…それとも(ミカド)か?
 いやはや、かくてともかく私のファンタジーではよく解らない史実なんか気にせず、もうはっきりと妄想の中に留まって、一人楽しんで書くことにしよう。


 もう一つ訂正、というより新知識。「二人の天才を思い、ため息をつく」の項で紹介した(ヒメツルソバ)という植物は、春から初夏の開花の他、初秋からも開花するようで、12月の今現在、可愛い花をいっぱいに開花させている! つまり年がら年中元気な植物のようだ! (シロツメクサ)も年に2度開花するようだ。自然のなんと逞しい生命力!

2017/12/08

正多面体の話(その1)

阿部さん推奨の本

 阿部恒さんにその昔、正多面体のことをお尋ねしたところ、『高木貞治という数学者が書いた(数学小景 岩波書店 1943年初販 1981年改訂版)というのを読んでごらん。』と言われて読みました。名著で、面白くて一気に読みました。
 ここでは、いくつかの楽しい図形パズル問題の解説と共に、「多面体」という幾何図形のことが、いかにも明瞭に、そして洒脱な文章にて解説されていました。
 どうか皆さんもこの名著、少なくとも「正多面体」及び「図形パズル」にご興味のある方は、ご一読あられんことを! 難しい数式など出てきません。

 ところでここで「正多面体」の話を始めると、そこには「キューブ」が含まれるので、ついつい話は長くなります。 で、今回は総括的な正多面体の紹介だけに留めましょう。そこでまずはともかく、「正多面体とは何か?」の定義から見て行きましょう。

(正多面体の定義)
 それぞれが合同(=同じ大きさ)の1種類の(正多角形)から構成される凸型立体で、頂点部分の状態が全て等しい(=同じ数が集まった)図形は、全部で5種類だけが有り、それを(正多面体)と言う。そしてその5種類は次の通り。
(正3角形)から出来る「正多面体」は次の3種
頂点部に正3角形が(3つ)集まったもの→「正4面体」
頂点部に正3角形が(4つ)集まったもの→「正8面体」
頂点部に正3角形が(5つ)集まったもの→「正20面体」
 正3角形の一つの角は(60度)だから、(6つ)集まれば60度×6=360度で、平面になってしまい、立体になれないので、上限は5となる。

 正多角形の正3角形の次の(正4角形=正方形)で考えると、
頂点部に正方形が(3つ)集まったもの→「正6面体=立方体=キューブ」
 正方形の一つの角は(90度)だから、(4つ)は90度×4=360度で平面とて、上限は3となる。
 正多角形で正方形の次は(正5角形)で、その一つの角は(108度)だから(3つ)集まったもの→「正12面体」
 4つは108度×4=432度で無理と分かり、結局上記の5種類だけとなる。

 おっと、言うまでも無く高木先生は、こんな無味乾燥の説明ではなく、実に魅力的な解説をなさっておられ、そのユーモアに溢れた文章に、思わずくすっとなりますよ。

 ともあれ、おりがみに熱中して10年くらい経った頃、阿部さんと会え、そこから「おりがみと幾何学との実に楽しい結び付き」を教えてもらって、上記のような(正多面体)などのくふうに夢中にさせられたわけで、その頃を思い出すとふっと笑顔になります。
 かくてその頃楽しくくふうした(おりがみ正多面体)を写真紹介してみましょう。

おりがみの「正多面体」全5種


それからずっと後での、正多面体の楽しいくふう

紙工作での(入れ子細工)の「正多面体」
正4面体→立方体→正8面体
正8面体→正12面体
正12面体→正20面体
(入れ子細工)の正多面体は、サンリオの(ビバ!おりがみシリーズⅤ)として、1992年に、横浜国立大学の松本久志先生の監修をいただいて「おりがみ面体」として上梓しました。
 おりがみと題しましたが、内容は(紙工作)でした。ただし、(おりがみ)の表題にしたことは、その紙工作の展開図の作図を「おりがみを折ることで、角度や寸法を割り出したので、おりがみと題することに躊躇はなかった」のですが、…書店ではあまり売れませんでした。
 しかし関係者の評価は高く、(多面体)の名を(遊面体)としてくださったのは、装丁をしてくださったデザイナー氏の高評価からのご厚意でして、この題名に大喝采してくださった、イタリア在住であられた物理学者の藤田文章先生は「Origami Play-hedron」というおしゃれな英訳名を考えてくださいました。これは多面体のことを英語で(Poly-hedron)といいますが、そのPoly(多数の)の語を、Play(遊ぶ)にしてくださったのでした。
 でも残念ながら、再版には遠く及ばず、この英語のタイトルを使わせていただくことはありませんでした。
 住まいの近くの書店で、これが並んでいるのを見たときは、すごく嬉しかったものの、いつまでも売れないで、汚れ防止のためか、やがてビニール袋に入れられてしまったことでした!
 この頃、美しい女性のヌード写真の本が、立ち見されるのを防止するためにビニール袋に入れられて、これを世間では(ビニ本)と称しました。 かくて私は「とうとうビニ本の著者となってしまった!」などとボヤいたものでした。でもこれ、美しい女性のヌード本と同じくらい楽しい、感激の一書だと自負し確信しています。
 でもまあ悲しいことに、この近くの書店も、そしてこの本も、遠の昔に無くなっていますがね。

2017/09/09

こんなものも、おりがみのテーマに!

野菜と果物

 これまで何度か、女の子を読者に意識した本を書きました。1977年にサンリオから出版された「おしゃれなおりがみ キティとかざろう」がその最初。そしてなんと、これは今も生きています! ほんとうに嬉しいことです!
 そして2年後の1979年、学研よりの「ジュニア実用百科 生活4 折り紙あそび」もその意識を持って書いたもの。そしてこの中には、初めて(野菜のおりがみ)をくふうして入れてみました。(野菜=女の子)って、よく考えれば変なイメージですが??

 次が1981年、サンリオから「おりがみひろば にんぎょうのへや」。そして、その10年後の1991年、「おひなさまの事件」の項でお話しました日本文芸社の「最新・かわいい折紙のすべて」。そしていちばん新しい(?)のが、2009年に大泉書店からの依頼で書いた「遊べる おりがみ」です。そしてこの中でも(野菜、そして果物)などをくふうしました。(お人形=女の子も、果物=女の子も、まあ妥当なイメージと言えるでしょうね。)

 さて「だいこん」「にんじん」「かぶ」、なんていうのは、すぐにくふうのイメージが得られますが、「長ネギ」「ほうれんそう」「キャベツ」「白菜」「玉ねぎ」、なんていうのは、???ーでしょう! でも、そういうものをくふうするのが私は楽しい!
 同様に「りんご」「いちご」なんかはイメージが容易ですが、「洋ナシ」「ぶどう」はどうでしょう?
 というようなことで、その後のくふうと共に、前掲の本の中に載せた野菜と果物の、あれこれの成果をご紹介します。

だいこんには「青首ダイコン」と「中太ダイコン」
「白菜(左上)と「キャベツ(下中央)」は、少々
おしつけがましいか? でも右下の「長ねぎ」は、
大泉書店の本に、自信をもって紹介しましたよ!
右上の「玉ねぎ」「ピーマン」は、やっぱ地味か?
この他にも「ほうれんそう」「きゅうり」などあるも
写真が少々窮屈になるので省いた。想像してみて。
「バナナ」は、(4本)(6本)とまとめて表現。
「とうもろこし」は、茹でて食べられるようにした姿(右上)で。
「ぶどう」は(1枚折り)ですが、「さくらんぼ」は(2枚折り)
「トマト」は野菜か果物か?(上中央)
『洋ナシ(ラ・フランス)は(右下)

 ほらね!おりがみって楽しいでしょう! そう、女の子にも男の子にも、おねえさんにもおにいさんにも、おかあさんにもおとうさんにも、…そして言うまでもなく、おばあさんにもおじいさんにもね!

2017/08/04

悪魔登場!

 1980年のことです。伏見先生よりのお声掛りにて、日本経済新聞社が発行している雑誌「サイエンス」に、最新のおりがみのことを紹介する小冊子の付録を付けたいとの依頼が来たので手伝ってほしいとて、名誉な仕事をさせていただくことになりました。
 本文24ページの「おりがみの科学」というB5判の別冊付録で、10月号にそれが実
現されました。そしてここには、芳賀和夫教授の「芳賀定理折り」、三浦公亮教授の「地図の新しい畳み方、いわゆる“ミウラ折り”」、戸村浩氏の「対数らせんの造形」、伏見康治先生の「飛行つる」…などに並んで、前川淳さんの「(5本指を持つ)悪魔」も紹介されることになりました。

 現代おりがみ史の中で、(設計するおりがみ)との、論理でのくふう法の出発点を示す作品で、その(お披露目)に関われたことを今でも嬉しく思っています。ただ、このことに関して、少々冷や汗ものの出来事があります。それは、日経新聞社に来てくれとのことで、当時10歳の息子を連れて伺いましたところ、複数の記者に囲まれ、大きなおりがみを渡されて、『この場で(前川悪魔)を折って見せてくれ。』となったのです。

 まあ、少し前に撮影用のものを折っていましたから、大丈夫とは思いましたものの、なにしろこの時点では最高難度の作例とて、恥をかくことになるか?の不安を覚えたものでした。でもまあなんとか4、50分程の時間にて無事折り終えたことです。この間、息子は女性記者が遊んでくれていたようで、父の奮闘の様子は見ていなかったようです。
 でも今そんな彼が手伝ってくれて、かくブログをやれていることを思うとき、前川悪魔を思い出したわけです。なおこの別冊付録には、展開図のみで折り方の紹介はありませんで、折り図にての紹介は「ビバ!おりがみ サンリオ 1983年刊」です。

サイエンス別冊付録
明るさを嫌う悪魔は、あまり鮮明にしないでおこう!

2017/06/17

未刊のプラン

積み重なる新しい本のプラン

 内山興正師は、あるときこんなことを言われました。『傑作とは作ろうとして出来るものではなく、自然に生まれ出るものにこそ傑作はある。そしてそんな傑作が出来たとき、それを枕元に飾り、うっとりと眺め、そして眠りにつきます。かくて3日はいい夢が見られます。』こんなことをおっしゃる先生を、私は勝手に人生の師として敬愛したことです。そして私の場合、傑作ができたときそれを、枕元ではなくテレビの上に飾って、3日うっとりと眺めたものです。…でも、テレビの形態がどんどんと薄くなり、その上に飾ることが出来なくなり、…さらに家中に雑物が増え、飾るスペースも無くなってきて、こんなこともしなくなりました。

 ところでその増え続ける雑物の主たるものは、おりがみの図版や原稿やコピー類、そして折ったおりがみで、出来過ぎて、生活スペースをどんどんと侵食します。

 出版ということがあまり求められない時代となったのなら、もうそんな原稿や図版を書くことを止めればいい、そうとは判っていても永年の習い性は止められないようです。そして、これまでの出版数が170では中途半端な数だ、などとおこがましくも考えて、あと30の本を書こう!そしてその撮影用の作品を折っておこう!

 先に言いました通り、私の本好きは終生変わらないようで、依頼など無くても、思い立った企画を具体化する原稿を書き続けているのですが、…それはもう30をはるかに越えています。そしてこれらは、別に陽の目を見なくても、あまり残念とも思わなくなりました。だってそれは腐るものではないからです。それはもう、本書きの職人気質の生きがいとでも言うもの、楽しみの産物とでも言ったらいいでしょうか。私には、実に頼もしい孫が何人も居ます。もしか彼ら、彼女らは、そんな(おじいさんの夢)を理解し、それを形としてくれるかな? そんな思いも夢!

 いやはや、妙な話は止しましょう。ここに “未刊のプラン” の、その顔のいくつかをご紹介してみましょう。ドヤ顏になりそうなのを、懸命に堪えながら!!!

2017/04/07

出版履歴と本の思い出

本好き人間

 自分で自分自身を分析(アナライズ)してみると、どうやら私のいちばんの興味と意欲の対象は「本」のように思う。それは “読書” と “記述” の二つで、…読書ということでの
思い出は、…高校時代、試験の最中に図書室で物語を借りようとして、係りの先生に注意され貸し出しを許されなかったので、図書室で夢中になって読んだ記憶にあるのが、ジョージ・ガモフ著「不思議の国のトムキンス」というもので、…後年おりがみを通じてお近づきになれた、わが国理論物理学の泰斗、伏見康治先生がこの書の翻訳者であられたことを知りびっくり仰天したことです。当時の私は、この本は空想科学小説だと思っていたのです。(いえ、そう思っても楽しい話。)

 ところがこの著者ジョージ・ガモフという人は、『この宇宙は大爆発から始まった!』という、あの「ビッグバン理論」の提唱者だったことを、伏見先生との出会いで知ったことなのです。…おっとつまらぬ余談ですが、このときの物理の試験では、初めて0点をとった! 図書係りの先生の忠告を聞かなかったせいですね。

 次に、この作家と同じ時代に自分が居ることの幸せを感じるほどに好きだった松本清張さん。その清張の文庫本を、昔の朝日新聞社のビル内のアラスカという喫茶店で読みふけっていて、ふと目を上げたら前方に松本清張さんご本人が居られた! 声を掛けるなどの勇気はまったくなかった。…でも、サインもらいたかった!

 まあなんの意味もない話のように思われるでしょうが、…私と本の結び付きを言いたいのですね。似たような出来事は、小学館ビルの中で、手塚治虫さんの姿を見たこと。ベレー帽でかっこよかった。サインもらいたかった!

 恥かしがりやである私は、敬愛する有名人の実物を目にしただけで満足するべきでしょうね。後年、ミステリー作家の佐野洋さんとは、おりがみ好きの佐野さんの方からのお声掛りにて、何度かお会い出来る機会がありました。背が高く理知的で魅力的な方でした。

 私は映画やテレビを見ることが大好きです。でも、映像でイメージが固定されてしまう映画やテレビより、やはり本が好きなんです。もっとも、本で抱いたイメージをさらに上回るほどに見事に作られた映画は、本に等しく大好き。たとえば「ロード・オブ・ザ・リング」や「ホビット」を見事に映像化したピーター・ジャクソン監督は、すごーく好きです。CGというのですね!ありゃすごい!

 そしてそんな本好きが、おりがみの図書とは言え、自身で本の記述をするようになるとは、思えば不思議なことです。

 ともあれ、おりがみに熱中することで、優れた先輩の先生方と巡り会える中で、私は先輩の先生方に何故か大いに愛されるという幸運を持っていたように思われてなりません。

 私が夢にも思わなかった出版依頼という出来事に遭遇した大本(おおもと)は、内山興正師に由ります。京都安泰寺という禅宗のお寺のご住職であられる一方、先生のおばあさま、そしてお父様(=内山道郎氏=内山光弘はペンネーム)と、3代にわたっての(おりがみ継承者)であられた内山師は、おりがみのご著書を(ひかりのくに社)と(国土社)という、仏教関係の出版を主とする出版社から出されており、一般の出版社からの依頼は、義理に従われてか、お断りになられておられたのでした。かくていろいろな経路を経て、盛光社という出版社から私のところにおりがみの図書の依頼が来ました。結果実現したのが「母と子のおりがみの本」でした。そしてこの私の処女出版は、当時人気絶大の画家、岩崎ちひろさんにより夢のような装丁となり、…このこともあったのでしょうか、画家の千野利雄先生のご推薦をいただき、EXPO‘70の松下館でのタイムカプセル収蔵図書に選ばれ、なんと!5000年後の未来へと残されることになるのです!

外部リンク:タイムカプセルEXPO'70[収納番号 No. S-17-8-1]

 当時私はまだ20代(24才)でした。処女出版が5千年後まで残る! 宝くじに当るよりすごいことだと思いました。

 なお、このタイムカプセルは大阪城の側に同じものが2つ埋められ、その一つは状態を見るために “50年後” に掘り出されるとのこと。…それは私が80才となったときです。…生きていたら見に行きたいものです。

 内山興正先生,千野利雄先生、伊東万耀先生、伏見康治先生、…私は幸運の星の元に生まれた者のようです。

母と子のおりがみの本


来世でも座右に!

 前記の通り、私の処女出版は未来のために埋められました。でも私が自身の棺に入れてほしい書は、…それから11年後に小学館から出版された「学習図鑑 紙とおり紙」です。この本の実現には、素晴らしい編集者の方々とカメラマンの、今思い出すだけでも胸が熱くなる善意の皆さんのご支援を得て、1年の時間を懸けて出来た本です。

 私はこれまで、実に “170冊” の本の著述と編集に関わって来ました。いつも全力で作業したつもりですから、どの1書も自慢です。…でもそれらの中から座右の1書を選べと言われたら、この小学館発行の「紙とおり紙」です。でも今はもう残念なことに絶版となってしまいました。お持ちの方は、どうぞ大事にしてくださいね。

 おっと、「棺に入れて」は喩えで、そんな無駄は止めてくれ。

紙とおり紙