2023/02/07

消滅とは?

 この宇宙でもっとも速く動き、1秒に30万キロ走るという(光)は、素粒子の光子だと教わりました。ではこの(光子)って? (蛍の光)(ロウソクの炎のゆらめき)(懐中電気での光)(自動車のヘッドライト)…みんな光ですが、これらは同じ光子なんでしょうか?

 素粒子は、宇宙の始まりの(ビッグバン)によって生み出されたものだそうですが、その素粒子の組み合わせで生じた(物質)と(反物質)は、出会うと(対消滅)で一瞬光を発すると消滅するのだと!

 でもこの(消滅)って、一体どういうことか? 光という素粒子は人間の目には光ることを失ったとしても、その存在物は残るのでは? するとそれは(ダークな存在)として、エネルギーを有しているのでは? おっ!(ダークマター)(ダークエネルギー)ってそれでは?

 素人ならではの超妄想は面白いでしょう。この宇宙の全物質の(5倍)も在るというダークマターって(光ることを止めた光子)とか(ニュートリノ)なんかの集積なんじゃないの? 

 熱力学というのでは、「エネルギー保存則」がありますよね。ともかく門外漢は何の束縛もなく、自由気ままなんですよね。はっはっは。

 ここまで来てまた(イヤ毛虫)が力を持ったようで、ヤル気がなくなりました。ここらでさよならでしょうかね。

 人生でいっとき光ることもありましたが、今はもう光を失った身とてダークな存在! ここらで消滅しましょうかね。





2023/02/03

昔のピクトグラム

楽しい漢字

 オリンピックや万国博の折に考えられた(ピクトグラム)の、その原点は漢字ではないだろうかと思う。だって漢字って、アルファベットより圧倒的に数も多く、従ってもっと表情豊かな絵画的な造形のように思えるからです。

 昔どこかの週刊誌で、漢字に対する外国人のイメージ集という企画があって、…今記憶に残っているのが(足)と(四)で、(足)はお滑り台を降りる子供、(四)は独身者のアパートの窓辺に干された靴下! 素晴らしいイメージだと感動したものです。

 さて前項で取り上げた(π)の字につき、作家加治将一氏はもっと面白いものを揚げている。それは(西)の字で、…なんと! これは西方にある楽園を”長方形”でピクトグラミングした(エデンの園)から、追放されたアダムの姿だと言うのです! 実際そう見えます!

 さて話はガラッと変わります。2+2と、2×2は、共に(4)で、足し算と掛け算の答えが同じという不思議さを教わったことがありますが、先日NHKTVで、「ABC予想」とか言う奇妙奇天烈な数学の話の紹介があって見ましたが、その冒頭の話では、『足し算は掛け算よりずっと難しいものだ。』で始まりました!? 『小学校の算数の授業での教え方の順番が違う。』という阿部恒さんの話を前にしましたが、改めて思い出しました。とにもかくにも、人間の思考ってなんとも面白いものですね!






 





2023/01/30

円周率

3月14日は?

 人類屈指の大天才、アルバート・アインシュタインの誕生日は3月14日だそうで、彼が人生の後半を過ごしたアメリカ、ニュージャージー州のプリンストン市では、この誕生日が円周率の近似値(3.14)だとて、この日には「アップル(パイ)」を焼いて祝うそうです。

 円周率π(パイ)の(π)のギリシャ文字は、実は漢字にもあり、(足、すなわち人間)を表す文字としたのが、孔子だったそうな! 中国最古の国家(堯=ぎょう)とは、土から作られた人間、すなわち聖書で言うところの(アダム)のことだと、大好きな作家、加治将一(かじまさかず)氏は言っている。

 なお一応辞典で調べてみると(3画の部首)に(ワウ)または(ゴツ・ゴチ)があり、3種の文字形があって、その一つが(π)で、(まがれるすね)(未知の貌)などの意があるとあった。ともかく造形的にもおもしろいので、おりがみで折ってみた。



 

2023/01/26

不思議なトリオ

何年か前です。100円ショップで買ったもののこと

 かなり精密に作られたプラスチックのミニ造形物で、何に使うものとして作られたか?まったく不明ながらも可愛いと思って買った。何しろミニアートが3つ1組で108円ですもん!

 さてそれを写真で下に示しますが、ご覧の通り「荷運びラバ」「(風見鶏?)の付いた家」そして「 ベンチ」と、まったく関連性が不明のトリオだ。でも私が買ってしまったのは、おりがみとの関連からなんです。

 まず「荷運びラバ」は、よく知られた伝承作品で、いくつかの海外の古書に紹介されている。そして(風見鳥)は別として、「家」はフレーベル時代から好まれるおりがみテーマで、私もいくつかくふうした。「ベンチ」はそう多くを知らないが、これとそっくりな造形作品は、(故)木下一郎氏に有る。

 とまあ何やら関連の分からなかったトリオが、おりがみでなら私の中では関連性ははっきりしている。だから108円のトリオ、大事に飾ってあります。








2023/01/22

2種類のパンダ(panda)

レッサーパンダとジャイアントパンダ のこと

 1972年、永年の懸案であった日本と中国との国交が回復されたとき、その記念として珍獣ジャイアントパンダ2頭が贈られて、みんなの耳目を集めました。ランランとカンカンという名前のメスとオス2頭です。すると、東京信用金庫協会というところから、このランラン、カンカンをおりがみに出来ないか?、との依頼が舞い込み、喜んですぐさまお受けしました。

 3日間の思案の末、それは手の上に現れました。そしてそれはすぐに全国の信用金庫の店頭チラシとなって、(パンダの国中国へのお礼キャンペーン)とて多くのこどもたちに折ってもらえ、折ったものは中国の幼稚園にと送られました。これは新聞にも大きく取り上げられ、このことで私の名は広く知られるところとなりました。自分で言うのもなんですが、これは傑作だろうと思います。

 さて時代は下って、2004年のこと、千葉の動物園のレッサーパンダ風太くん(ふうた)の(立ち上がった姿)が可愛いとて、大きなニュースになりました。私もこの姿を新聞やテレビで見て、すっかり魅了されました。で、すぐに(おりがみ化)を思い立ち、すぐに実現しました。そしてこれも良い出来だと自負出来ました。

 どちらも頭部と体との(複合作品)です。そして(1枚折り)にこだわらなかったことが成功の元だと思っています。もう見飽きたものかも知れませんが写真紹介します。なお、不切1枚折りの(ジャイアントパンダ)と、初紹介の(レッサーパンダ)の折り図は、「動物折り紙BOOK 朝日出版 2008年刊」です。今も生きている数少ない著書です。



2023/01/18

「カンガルー」

(半開折り)で満足を得る?

「カンガルー」は、これまで何通りものスタイルでくふうして来ました。が、九州の同志、堤政継(Mr.Tsutsumi Masatugu)さんが送ってくださった マーガレット・キャンベル(Margaret W Campbell)さんという方の書かれた「紙おもちゃ作り(Paper Toy Making)」という本の中には実にユーモラスなおりがみ造形があった。

 このキャンベルさんという方は、伝承の作品を集めて紹介されたので、我々が知っているものがほとんどです。なお堤さんがお調べになって教えて下さったところでは、キャンベルさんは南アフリカの方で、昭和10年代、日本に来られたことがあるとのこと。

 さてここでの「カンガルー」ですが、それはディフォルメし過ぎと、私の目には映った。そこで私なりに改作してみたものを、伝承のものとして2006年に日貿出版から出版していただいた「おりがみ新発見3 古典から最新作まで300年の絵巻」の中で紹介した。それらを下の写真で見ていただきましょう。

 なおこんな作品にユーモアを感じて好きになったところで、これを(半開折り)にて、もう少しリアリティーさを加えてみようと考えてみたのが、その次の写真です。






2023/01/14

半開折り

木下一郎(Mr.Kinoshita Ichirou)さんの思い出から

 日本折紙協会の常任理事であられた木下さんが、2021年5月に98歳で亡くなられた。 立派な人生だったと思います。私は木下さんにはお酒で随分とご厚意に与った。

 さてかつて私は(半開折り)と名付けた、くふうの新手法のことを思い付き、所々で、そしてまたこのブログでも宣伝したが、あまり反応を得られなかった。そのことには何の残念さもなく私自身が大いに楽しんだ思い出ばかりだが、NOAの木下氏の訃報記事の中で、木下氏はこの技法を評価してくださっておられたらしきことを知り、嬉しかった。

 おっと、嬉しい評価をくださった数少ないお一人に、デンマークのトキ・エン(Mr.Thoki  Yenn)氏が居られたことは前に記した。

 そんなわけで、かつてこの(半開折り=Harf-opened Crease)だけで、こども向け小冊子に纏めてみた原稿が出て来たので、そこから1、2を紹介してみたいと思います。






2023/01/10

パズル懇話会の思い出

新手の「おりがみパズル」の話

 これは既に記したことですが、昔、数年の間「パズル懇話会」という高級なサークルの仲間にしていただいていたことがありました。

 そこに私と同じ頃入会されたと後で知った、北沢忠雄(Mr.Kitazawa Tadao)さんとおっしゃる方が、今まで見たこともない(おりがみパズル)という、とても楽しいものを紹介されていて、夢中にさせられました。それは大体次のようなスタイルでの問題でした。

◉『図をコピーし、正方形を切り取ったら、3回折ってアルファベットの(H)にせよ。』←そこには中心部に、とても(H)とは繋がらない黒い塗りつぶされた図があるのです。

◉『あちこちと、違う方向を向いている(ぶたちゃん)を、3回折ってぜんぶ同じ方向を向かせなさい。』

 いやーっなんと言う斬新な視点でしょう! そしてこの新手のパズル、その頃おりがみプロを自任する私の心を鷲掴みにしてくれたのです。

 そこで私も北沢さんの視点から問題を考えてみました。それが次のようなもので、会誌に発表してもらいました。 なおこの問題、私は(5回の折り)としての回答を考えていたのですが、すごい方々揃いの会とて、すぐに(4回折り)の回答が送られてきました。どうぞ、解答を捜してみてください。この際折り回数は4でも5でもかまいません。




2023/01/03

とんだ錯覚

ありがたい読者からのご指摘

 ユニットの魅力の虜になったらしき、さいとう かつみ(Mr.Saitou Katsumi)さんという方の作品集が日貿出版から出版されることになったとき、 『ユニット熱中の元になった作品として、笠原さんの作品を一つ紹介させてほしい。』との依頼があった。

 さてここで選ばれた一つが「りゅうご模様のユニット」?…と、ずっと思って来ました。が、親切な読者の方から『これは(りゅうご)ではなく、(リボン)模様のユニットですよ。』とのご指摘を頂いたのでした。

 あっ、正にそうでした! 恥ずかしい凡ミス! なお(りゅうご)とは輪子(輪鼓)と書く中国由来のコマのことで、英語だと(Diabolo)のことです。

 ところでユニットがお好きな方ならよくご存知の通り、ほんの(1折りの違い)が、組み上がった表情に大きな相違を生み、それ故にユニットおりがみは楽しいわけですね。だからと言ってミスの言い訳ではありますが、ともかく下に「同じ折り線展開なのに、組んだ結果はかなり相違する表情」を並べてみました。こんなところに「ユニットおりがみの楽しさ」を見て知ってくださったら嬉しい。






 

2022/12/30

ダイオングの決心

(鬼族)からの旅立ち !

 オーギの悲劇から半年が過ぎた。その半年は鬼族にとってはニンゲンの1年半くらいに相当する期間なのだ。そんな長い時間を一人でひっそりと暮らしていたヒメルの住まいのドアが、静かにノックされた。

「…どなた?」

「おお、ダイオングじゃ。そなたにちと頼みがあって来た。」こんな予想外の出来事にヒメルの顔が一瞬輝いたように見えた。そしてドアは静かに開いた。

「おお、ヒメル、わしのところへ遊びに来いと言ったのに来んかったな。おお、元気そうじゃな、嬉しいぞ。それになにやら臈たけて美しゅうなったと見えるぞ!」「さて今日はそなたに相談したきことあって、…ほれっ、オサノオウヒコどののところから戴いた(ショウチュウ)をもらって来たので、こいつを楽しみながら相談を聞いてもらいたいという思いだが、そうはいくまいかの?」

「何やら少々怖い気もしますが、何でも伺います。どうぞお入りくださいませ。」

「怖いと思われてなんだが、率直に言おう。わしゃそなたに無性に会いたくなっての。そうしたらオグルにも会いたくなったんじゃ。それでじゃ、二人でオグルを探す旅に出ないかとの相談が一つ。そしてもう一つ、ちとケッタイな相談じゃが、それを話す前にこいつで乾杯しようぞ。そしたらいくらか話がし易くなろうと思ってな。」

 あのときとは別人のような微笑みを浮かべたヒメルは、頷くと奥に入り、手に二つのグラスとチーズを持って出て来ました。

「ダイオングさまの口からオグルの名を聞き、半年ぶりに私の胸に赤い火が灯りました。そして、これはオグルのカクレ里からのおみやげです。オーギと三人で食べた残りですが、私一人では食べる気が起こりませんでしたが、今はダイオングさまと食べたくなりました。」

「おおそりゃいい! ところでさ、そなたヒノミという娘知っとるか? そのヒノミがさ、このチーズやショウチュウの造り方を学ばせてほしいとて、オサノオオヒコどのにはっきりと申し出たのよ。するとそれに呼応するようにホングの奴がな、自分は剣の修行にやはりカクレ里に行きたいと言い出してな、みんな大喝采になったのよ。」

「茶色い髪で背が高く、瞳が素敵なヒノミ、よく知っています。ああ、そうなんですか、それはとても嬉しい話ですね。さあ、ダイオングさま、嬉しい話に乾杯しましょ。」

「おお乾杯じゃ、そして懐かしいチーズもいただこう。さてと、最初の相談のオグルに会いたいことじゃが、彼はカクレ里に居るかどうかは分からんが、ひとまずそこを訪問してみたいと思っておる。でそれに一緒してほしいということじゃ。どうだろう?」

「大長(おおおさ)さまとしてのお仕事は、大丈夫なんですか?」

「ああ、なんの問題もない。そもそもお飾りの名のもの。でもまあ、4人の長(おさ)たちには断りを入れてある。なあ、ヒメルうんと言ってくれんか?」

「わかりました。どうぞお連れください。オグルにほんとうに会いたい!」

「おお!嬉しいぞ。…では次の相談じゃが、…ショウチュウを注いでくれんか。」

「あのな、実はわしは(角)を捨ててオグルと同じになりたいのよ。」

「まさか!本心ですの。でもそれで私に相談とは?」

「つまりじゃ、そなたの手でこの2本の角切り取ってほしいのだ。実は4人の長やボウグに頼んだが、皆首を縦に振らん。…しかたがない、自分でやるか、そうも思った。だがそのときそなたの顔が思い浮かんだのよ。」ここまで言うとグラスをぐっと傾ける。と驚いたことにヒメルは顔色も変えずダイオングにならってグラスを干しました。

「いいですよ。そもそも夫オーギの悲劇を引き起こしたのは、私の(角切り)が原因、でも今回は頼まれてのこと。罪の意識もありませんし。でもダイオングさま、あなたの心にオグルの父になりたいの思いが有りはしませんか?」

「ああヒノミよ。わしの心はすっかり見透かされているようじゃな。その通り、わしゃそなたに夢中なのさ。」


まあここはこのへんで。







2022/12/26

妄想の記録が消えた!?

家電が次々に壊れて…

 2020年から21年にかけての(コロナ禍)の中でのこと、使い慣れた家電製品が次々と壊れた。電気屋で聞いたそれらの機器の平均寿命からは、その2倍3倍と使ったようなので、悔しがることではないようだが、さーてこんな事態、ひょっとすると我が身の寿命の暗示か?なんて思わぬでもない。実際このところ体のあちこちに故障が出ている。

 さてそんな中、ファンタジー「昔、始まりの物語」に使っていたパソコンが、これまた壊れて死んだ! かくてこの第2部はもう無くなってしまった。

 考えた話の90%以上は書いてあったので、もう少し早くに書き上げ、バックアップを取るかプリントアウトしておけば、…とそのことはちょっぴり悔やまれるが、まあ今更ながら致し方ない。でまだ記憶がかすかに有る中にこの物語(第2部)のあら筋の断片を記しておこうと思った。 こんな幼稚な妄想話なんてだれも期待してはいないだろうが。

 まず第2部ではまだ明瞭ではないものの、(始まり)の意図が徐々に出て来る。それは、大陸からの渡来の始まり、稲作の始まり、自由喪失の始まり、貨幣発明、貧富の始まり、種族衰亡の始まり、…なんていう我が身に似合わない妄想がその元にある。

 しかしまあそんな意図のため、少なくとも第2部の妄想のドラマの進行は次のようなものだった。


序章 抹消されなかった二頭

(食)の喜びを知ってしまったために、翼を生やしてしまった4頭の竜の中、2頭は西洋の英雄の手で抹消されたが、残る2頭は熟考するタイプだったので、これが不可抗力的な不慮の事故だと 大創造者と大設計者たちに諫言するための策として、人間の姿に変身する!?(第一部でちらっと姿を目撃された妖気を漂わせた老人)

 さてここまで600年を生きて来て思考を楽しむ大樹の精ジュセの根方に、宇宙の旅人の彗星の燃え残りの核が飛び込んで来て、二人(?)は友人となり会話することで、ジュセの知識が宇宙規模に広がる。そして、二人は心を合わせてマカイ族の世界の理念の構築を始める。


第一章 ガング、セイン、セッキ

 四種族会同の終了間際、ゴンノヒコから今味わわせていただいたワインの原料は何か?の問いが出されるも、ダイオングは答えられず困ったところに、給仕役で座っていた鬼の娘が立ち上がり、『今皆さんが楽しまれているものは山ぶどうからのものだが、他にもオレ独自に山梨や山桃、それに野いちごなどからも造っています。ところでオレはニンゲンの方々のおみやげの(ショウチュウ)や(チーズ)がとても気に入って、自分でも作ってみたいと思ってしまったが、その作り方を教わりに、そのー、オレ、あやだっ、ワタシをカクレ里まで同行させてもらいたいが、そんな願いは叶えられましょうか?』

 そんな発言をした茶髪で背の高い、目の大きな鬼の娘の名をヒノミと言った。そのヒノミの言葉に、タカミとマモルが小躍りする。つまり大歓迎。 と、サトルヒコに負けたホングが立ち上がり『吾は剣の修行のため、いやオサノオオヒコどのやタケルどのにその道を教わりたいのですが、お二方どの、それにダイオングどの、いけませんでしょうか?』

 こんな若者二人の本心からの率直な発言に、どこかにまだ沈んだ雰囲気の残存していた会同は完全に明るさを取り戻したのでした。もちろんダイオングも相好を崩して喜ぶ。

 こんな次第で帰路には二人の鬼の若者が加わっていました。 と、その帰路にてホングが肩に矢を打ち込まれて倒れているオグルを発見!

 タカミを始め皆の手際よい処理でオグルの命に別状のないところとなるが、この矢を射たのがかのガングであり、そこにはセイン、セッキも居て、ガングとセッキはオグルの命まで奪おうとするが、それを阻止したのはセインだったと、オグルの口から真相が明かされる。またオグルの父の形見でもあるマサングの剣がガングにより持ち去られたことも判明。

 この後、小さな鬼さん族の男女の若者たちが森の中で待っている場面となる。キヌヒメはその小さな鬼さん族の少女たちのカラフルな髪の毛の色に惹かれ、いろいろ聞く。彼女たちの説明では、生まれときは皆薄いピンクだが、その後植物のジュースによって、好きな色に変えられると説明する。おしゃれが趣味のキヌヒメは大いにその話に惹かれる。

 一方男たちは、ゴンノヒコの提言から今後の会同のための段取りとて、ひとまず(連絡係)を決めようとなり、チサナヒコ族からはアメノヒコ、カゼノヒコ、ユキノヒメの3名が。小さな鬼さん族からはソラノヒコ、コズエヒメ、コノハヒメの3名が決まる。

 ところでこの後、鬼の角(つの)談義となり、…ゴンノヒコとホングの説明により(鬼の名誉の印)(固い約束)などの比喩として「角にかけて」とか「角を欠く」などの言葉の説明があるも、オグルの居るところとてあまり深入りも出来ず、結局のところそれは絶対必要不可欠なものでも無さそうだ、みたいなことになって行く。なお続いてやはりゴンノヒコから(会同の記録)の話から、(文字の習得はそれぞれどうなっているのか?)などの話になる。結局のところ、大設計者のプログラミングのことのようだ。

 さて心が荒んだ三人の鬼の逃避行の様子は、チサナヒコ族の友でもある(みみずく)によって詳細に知らされており、カクレ里での療養でオグルの傷が癒えたら、タケルとホングと共に彼らとの問題解決のための追跡行が計画される。そしてすぐに実行される。

 3人を送り出して数日後、タカミのところに来たサキノヒコ、アトノヒコ兄弟との雑談の中から、タカミも3人の鬼族を追って行くべきだったと気付き、そこにミメノも同行することとなり、チサナヒコの兄弟との4人の行動計画がそこに実施される。

 なおハヤテはサヨカと、サクヒトはキヌヒメとの結婚が決まったばかりだし、タクミはアメメとの間にマナトと名付けた男の子が生まれたばかりなどの理由で、今回は里に残ることになった。タケルがメミナを一人残して出掛けることに女衆の軽い非難が囁かれる。それやあろうかタケルの母トヨヒメはメミナの肩を抱いてタケルたちの出発を見送った。なおタケルの父親は、大陸の半島からの渡来人で、今は故あって故郷に戻っているところだ。

 一方ガング、セイン、セッキの3人は山中で大熊の襲撃という突発事件に遭い、ガングは片角と片腕を失った上でやがて絶命するに至る。大熊はセイン、セッキの二人により倒されるが、ガングはその死の直前、オグルの剣を望んだ真相を話す。 そこには父親の弱気な臆病さと、親友オーギの見事な英雄気質があったことから、それは単なる物欲では無かったことが解り、セイン、セッキの心も晴れやかになる。なおオグルの剣は、ガングの言葉でいずれはオグルに返すために二人に託されることとなる。大熊は(首塚)としてガングの隣に埋葬される。ガングが、大熊に転生したいと息を落とす際に言ったからだ。

 大熊の肉で食事を終えた二人は、その夜のねぐらを求めて、ジュセの洞穴へと自然に紛れ込む形となる。

 と、すべての出来事をマカイ族の仲間の(ふくろう)から聞いて知っていたジュセはこれを歓迎する。そして二人の口から、ニンゲン族のタカミによって試みられた(四種族の会同)の成功の話に驚き、ジュセはタカミに強い関心を寄せる。

 話は変って、タカミの父親マカイ族のシャチと、同じくマカイ族だが少々頑なな心の持ち主であるきつね頭の兄弟、ツネキとネッキとの諍いの話となるが、ニンゲン族の娘ヒメノとの愛の交流を知った二人は、劣等な種族ニンゲンなどとの接触を激しく詰り、怒ったシャチとの争いとなり、シャチの鍾乳洞への転落死の悲劇を引き起こしてしまう。

 この事故の直前、シャチは仲間内で「教師」のあだ名で呼ばれていた父親のこと、そして赤毛故にニンゲン界で一種の差別を受けていたことで、父が救い出した母(故人)のことなどを思い出す。 実はシャチは初めて(竹笛)を発明し、音楽を発案した者で、母が歌の名手であったことから、そんな発明に至ったのだろうと語った父の姿を思い出す。そんな父の顔は茶色の毛で覆われた、一見犬とも見える相貌だった。

 なおこのシャチの悲劇は、シャチの最後の声がテレパシーにてヒメノの脳内に伝わり、死にたい思いになるも、お腹にシャチの魂の宿りに気付いたことで思い止まる。なおヒメノは感謝の広場での収穫祭などで(歌姫)の役を務めるほどの美声だった。夜の森でシャチの笛に合わせヒメノの歌声が静かに流れたことだった。なおこのときまでヒメノの出自は謎だった。


第2章 ウフルとシラギク

 キツネ頭の少女シラギクと、オオカミ頭の青年ウフルとの出会いが、ジュセの手引きのようなかっこうで起きる。そして二人は夜の山道をジュセの洞窟へと向かう。その途中、マサングとムサングという剣を、いや鉄をこよなく愛する鬼の若者の姿を樹上から見る。ウフルは二人を知る者だが、シラギクを怖がらせるのを慮って、樹上に身を隠したのだ。

 やがて着いたジュセの洞窟では、シャチを死に追いやってしまったツネキとネッキの二人を取り囲んだ、マカイ族の住人たちによる裁判のような話し合いが行われている最中だった。ジュセはシラギクをハグし、歓迎すると共にこの場の説明をする。

 シラギクをここに導く最初の手引きをした、イノシシ頭のイノト。遠い異国からやって来た遠征船の遭難で、ただ一人の生存者となりジュセのテレパシーでここに導かれた鷲頭の壮年者ホルス、その二人はジュセの洞窟(彼らはそこを”ホーム”と呼ぶ)からの追放を主張する。

 が、ウフルは「異形者故に、ここにマカイ族として隠れ住む吾らだ。そんな者ツネキとネッキが外世界へと追い出されたら、どんな迫害を受けるかをイノト、ホルスの二人とも知らぬわけでもなかろう。追放には吾は反対だ。」と発言する。

 と、ここで何とシラギクが発言する。「今皆さまのお仲間にしていただけたばかりの者が、いきなり発言とはなんとも厚かましいと思われるかも知れませんが、そこのお二人と同じ容貌の私には、ウフルさまの言われる通り、外世界で暮らすことの恐怖感やすさまじい孤独感を、私痛いくらい知っています。それにお二人とお話も出来ずにお別れはあまりに悲しいです。」

 ウフルが言います。「シラギク、よく言ってくれた。吾はこの二人にはホームの便所清掃当番を1年間やらせる程度の罰では?と思慮しますが、ジュセ尊者さまいかがでしょう?」そしてそう決められて落着する。

 この少し後、ジュセはウフル、ホルスの二人に手狭となった今のホームに加え(第2のホーム)の適応地の捜査のための出立を依頼する。二人がその依頼を受けると、シラギクも同行を願い、ジュセは渋々ながらも、実際には微笑んで3人行を認める。その夜はマカイ族の酒宴となる。なおジュセの足元には二頭の、白と黒の犬が居たが、セイン、セッキが倒した大隈の肉を火を通して所持していたものを二頭の犬に与えてくれぬか?と頼まれ、二人は素直に従う。

 次にジュセは二人にこの洞窟の国にしばし留まれと勧め、以後の予定も定まっていない二人とて、この勧めに素直に従う。その夜やはりジュセの左右に居た、うさぎ頭の少女ピノコと子鹿頭の娘カノコの二人を通じて、セインが持っているオグルの剣を見せてくれと頼む。武器嫌いのジュセにしては珍しい望みだ。つまりその剣は武器を離れた美しい工芸品だったのだ。

ここで話は過去に飛び、少年タカミとミメノとの出会いの頃に戻る。

 秋の終わりの頃、ヤマンサのシカリとカクレ里の民で彼の妻となったミトナとに手を引かれて、7才のミメノが感謝の広場にやって来た。一目見て夢中になった2才年長のタカミは、この親子3人を里長(さとおさ)のところから、母ヒメノの居る我が家へと伴う。ミトナの姉さんのような思いだったヒメノは大喜びし、その日は再会と、ミトナのたっての頼みからヤマンサの生活を捨て、カクレ里の民になる決心をしたことの歓迎の場が設けられる。

 直後シカリは森へ戻ると、ヤマンサの腕でうさぎやキジの(肴)を作って来る。いろりでその肴は焼かれる。と、そこへ里長のエビスと彼の妻マルメの二人が、ショウチュウの大徳利を持参して参加する。そしてエビスの頼みでシカリの若い頃の冒険談となる。

 未だその父の姿を知らぬタカミは、話すシカリに父を仮想して熱い目で見つめる。皆はそんなタカミの様子に切なくも熱い想いを寄せる。さてシカリの最初の話は、モトシマの北の地にて出会った(セッツ鬼)という名の、片足で逆立ちで駆ける奇妙な人物の話。

 次はセッツ鬼の地から少し南下したところにある湖に住む。ヒフミ、ヨイツムという双子の(水棲マカイ族)の兄弟の話。


思わず長くなってしまった。今回は奇妙な妄想話はこのへんで止めておこう。なお、第2部の終わり近くに述べようと思い、まだ書いていなかった、ダイオングの恋の話は結構面白いと自負出来るので、次の項で紹介しよう。







2022/12/22

消えゆくもの

 大先達! 葛原勾当(くずはら こうとう)さんのこと。

 ここまでの人生で、何千もの書を読み、何万もの物語や歴史を知った。また何千何万もの映画やテレビ放送の視聴で、様々な生命の姿やドラマや世界の様子などを見せてもらった。それらは心に感動を与えてくれた。

 ところが年齢を重ねた今、その感動の記憶の半数は消えてしまったようだ。「しょうがないさ我が能力の限界なんだもの。」でも半分にしろ感動は残っているのだから、悔いなど無い。

 さてそんな感動を与えてもらった中の一つに、太宰治の「御伽草紙」と題した短編集(妻の蔵書)の中に、「盲人独笑」の一編を読んで、そこに(おりがみ)が出て来たので、もう小躍りして、岡村昌夫(Mr.Okamura Masao)先生にそんな発見の自慢をするために、早速電話を入れた。それは今から10年程前のことです。

『は、は、は。さすがは笠原さん、あのね、太宰の作品は全部読んだと言っていた前川さんからは未だにそれを聞かないんですよ。(なんだ、岡村先生知っていたのか!)』

 そんな話の後、岡村先生はこの葛原勾当さんについての、専門誌へ発表の論文の抜き刷りを送ってくださった。既にそんなご活動をなさっていたんだ! なお岡村先生は日本折紙協会の専務理事をなさっていた佐野康博氏と共に、広島県福山市に在る萱茶山記念館に葛原勾当さんの折り遺された遺品のおりがみの実際を調べに行かれたとのこと。そもそもは、この記念館から日本折紙協会にこの情報がもたらされてのこととか。(私はまったく偶然の発見です!)

 この葛原勾当さんのことは、葛原さんご自身が、16歳から71歳の享年まで自作の活字!にて書き綴った「葛原勾当日記」というのが没後に遺族の手にて出版されて評判だったことから、この日記の一部をほとんどそのままで、太宰の手で(まえがき)(あとがき)を付して作品化されたようだ。因みに井伏鱒二も取り上げたと岡村論文にあったが、私は未見だ。

 なお勾当さんは、文化9年(1812)に現在の広島県福山市に生まれた人。明治19年(1882)が享年。

 さてこの方のお名前の(勾当)とは盲人の社会の階級名で、(座頭)と(検校)の中間で、検校という最高位になろうと思えば充分の資格はあったらしいが、若い女性のお弟子さんたちに琴や三味線の指導をし、上達した子には(おりがみ)をプレゼントしていたとある。検校など堅苦しい生活より若い女性との気楽な毎日がいい! 太宰が「盲人独笑」なんていう題名を付けたのは、そんな情景を想像してのことか。加えるに和歌を詠み、筝曲の作曲をもされたそうな。ともかく素晴らしい才人だったようだ。

 なおそのおりがみ資料だが、「葛原勾当生誕200年記念 勾当さんのおりがみ 葛原文化保存会会長 重政義宣発行 岡村昌夫監修 日本折紙協会 監修制作 2010年刊ーなんとここまで行っていたのか!」。岡村先生から送って頂いた上記の小冊子で拝見した。

 全部で26点の作品が収録されているが、3分の1ほどは伝承として私も知ってるものだが、他は初見のもので驚いた。因みに「玉手箱」が(1:5の長方形の紙)の6枚の組み合わせで作られており、本多功(Mr.Honda Isao)さんの昭和初期の解説書にての紹介のずっと前のことだから驚きだった。さらに7種ある「連鶴」の3種は初見のもの! どうやら勾当さんは「欄間図式」や「千羽鶴折形」も、どんな形でかは分からぬが、多分ご存知だったようだ。

 3歳のとき疱瘡で失明されたとのことなのに、もしこれらの目開きでも難しいおりがみ資料を解読され復元されていたとしたら、そりゃすごい!

 岡村論文では、『吉澤章(Mr.Yoshizawa Akira)さんも、世界に著名な盲目の折紙作家加瀬三郎(Mr.Kase Saburou)氏も、この斯界の大先達を知らなかった様子で驚ろかされた。』と。

 私の思うに内山先生父子もご存知なかったように思えるし、本多さんも多分ご存知なかったのではと思う。1:5の長方形からの「玉手箱」の件は、昭和初期、既に伝承となっていたのではなかろうか? 私が意気揚々として岡村先生に電話した理由がそれですよ。

 しかし哀しいかな、この感動の発見についての関わりは、世界中で出版不況が蔓延している最中のこととて、私には紹介する機会はないことだった。この大先達のことが、消えゆくものにならないことを祈るばりだ。岡村論文など大切な資料は、日本折紙協会に保存されている筈だ。頼みます。

















2022/12/18

ミクロの毛虫?!

イヤケムシ=嫌気虫=イヤ毛虫!

 昨年(2021年)の秋頃だったでしょうか、(イヤケムシ)という目に見えぬほど小さな虫に寄生されてしまった。…これに寄生されるとまったく何をする気も起こらない! 毎日一応決まった時間に食事(それすらも面倒くさく思う)と、酒を飲む(これだけには意欲が残っていた!)以外、ほんとうに何もしない、いや出来なくなった。 まあ近くのスーパーまで、妻と共にその日の食べ物を買いに行くことはやったが、それは(最低の義務と、そうアルコール飲料の確保のため)だ、…とまあただそれだけしかしない!

 ところが、今年(22年)になって、北京冬季オリンピックが始まって、美しく素晴らしいアスリートたちの姿を見ているうちに、感動がこのイヤ毛虫を少しずつ駆逐してくれた。

 が続いてロシアの ウクライナへの無残な侵略のニュースに、折角の虫の駆逐が後戻りされてしまった。ともかくこの侵攻には明瞭な大義名分が示されていない。まったくひどい話だ!

 この後に始まったパラリンピックの大いなる感動は、またイヤ毛虫の駆除に働いてくれたものの、侵攻の悪夢はまだ続いている。先年来続いているミャンマーの軍事クーデター。独裁者の蛮行は尽きまじか!

 まあ私なんぞ怒っても仕方ないことと考えることで、イヤ毛虫には頼んで寝てもらおうと思っているところで、サッカーでの日本チームの素晴らしい活躍の感動で、イヤ毛虫もようやく去ったようで、ブログを1年ぶりに再開する意欲が出て来たようだ。




 

2021/08/03

人間の(細胞の数)? 

(かに折りさん)?

 昔、私が初めて聞いたときは、『人体は60兆個の細胞で出来ている。』でしたが、最近はこれが37兆個ときっちりした数値に減らされていますね。あの山中伸弥教授(Prof.Yamanaka Sinya)が言われているので最新の認定数値ということでしょうね。なにか深い理由でもあるのか知らん。

 まあそれでも大変な数ですが、この細胞の中には複数の共生者の(ミトコンドリア)が居るし、腸には多数の(細菌)が居るそうだ。その数なんと100兆個だって!

 ともかく我々一人の人間は、無数に近い生命の共同体だと、テレビにて、具体的な映像で見せてもらえるこの頃だ。そういう神秘的な映像から教わるのは、いやまったく精妙不可思議な人体です! しかし、そんなこと教えられ「うわっー!」と驚くも、実感などはまったくもって無い。いや感じ取ることなど出来ない!

 さてこんな凄い映像情報を、もしもかのレオナルド・ダ・ビンチさんにお見せ出来たら、『そんなこと私は予想していたさ。』とでもおっしゃるかな?

 いやそれは冗談、実は次の話に繋ぎたいのです。

 1枚のおりがみの中に(無数の夢や可能性)が内在していて、今発見されているものは、ほんのその一部。だから「クレオパトラの横顔」が出来たぐらいで、この世界の楽しみを終われる筈もないのだが、…ただこちらの肉体の衰えは如何ともし難い。

 このことだけはいやでも実感できる! そして、肉体が衰えると、脳細胞も疲れてか、意欲を覚えるテーマもなかなか思い浮かばない。

 そこで若いオリガミアンの方々、おっと今はオリガミストと呼ぶんですってね。おりがみをするには、タキシードかロングドレスを着ないとならないように響く改名ですね! ミュージシャン、コメディアン、オリガミアン、私はそんな名の方が好きです。 あれあれジジイになって嫌味が多いですね。どうぞ聞き流して。

 でもともかく、どうかこれまでに見たこともないような、すごいものを引き出して見せてください。

 ともあれこれまで自分で見付けた諸々を、同好の士にお聞き願いたいの思いもあって、こんなブログを始めたわけですが、まあそんなエネルギーもあとどれほど残っているか?

 おっとすみません。暗い話はいけませんね。でも私気持ちは明るいんです。知の巨人と称された立花隆さんの100分の1にも及ばないでしょうが、何しろ本をいっぱい読み、数え切れないほどの未知だった情報やドラマに触れて、いつでも心に感動を覚えて生きて来れた幸せな人間と感じているからです。

 それに加えるに「おりがみ」という大きな包容力を持った友とも手を携えて来れました。もはや何をか望まん。

 でもね、岡村昌夫(Mr.Okamura Masao)先生の論文に、『明治の頃のおりがみ好きの中で、江戸時代に考えられた(蟹=8本の足、2つのはさみ、2つの目玉を1枚のおりがみで折り出す奴です)が折れる人を(かに折りさん)と呼んでレスペクトを受けた。』といった一節がありました。

 で昔の作例ですが、大いに気に入っている「かに」を紹介してみます。 はいっ! この際しっかりと言いましょう、この私は、我が身の内で働いてくれている細胞は実感できないが、1枚の紙の中に潜む諸々を感じ取る技に、人より少し熟達している(かに折りさん)なんですよ?





(割りピン)という素材との、コラボレーションでの作例です。面白いでしょう。

2021/07/30

ざぶとん折り物語 付記

前川淳(Mr.Maekawa Jun)さんの「無限折り」

 4月に前項の「クレオパトラのプロフィール」が、図らずも出来てしまったことからこれはもうドヤ顔にて自慢しなくてはならない!とて再開した当ブログですが、いわば(卒業制作)を終えてしまったら、さて? もう思い出を語るしかない?

 で、今更私が語らなくても、皆さんの方がずっとよくご存知の前川さんの、私だけの思い出を記してみよう。

 彼の作品集を最初に手掛けさせてもらったことで、以後の私のおりがみ観は大きく変えられるところとなった。そしてそこからおりがみ世界全体の技術がレベルアップしたと確信する。

 彼のまず第一の功績は「かどを、いくつでも、どこにでも自由に折り出せる手法、すなわち人の言うところの(前川おりがみ原子論)の発見だ。すごい!

 この発見の結果おりがみ造形のくふうが、試行錯誤のものから(設計するもの)へと発展したわけです。

 しかし試行錯誤のくふうしか出来ない私には、(小声で正直に言うと)、私はこの理論あまり使えません。この設計理論を紙の上に折り線として具体的に描き出すには、やっぱりパソコンが必要となるようですが、そもそもパソコンはいつまでたっても未熟で、もっぱらワープロとEメールとして用いるばかりなんです。

 さてここで違う話題を紹介します。 おりがみと双璧をなす伝承の遊び(あやとり)の研究でも著名であられた早稲田大学の数学の先生、野口宏(Prof.Noguchi Hirosi)教授が、あるとき面白い話をしてくださった。

『あやとりに(はしご)というのがあるでしょう。3段、4段、5段、と増やして行くのを、試行錯誤で楽しんで来たのですが、一人の東大生がそれを数式化して、何段でも自由自在に取れて、しかもそのクロス部分のひもの(上下関係)も自由にした! だから今は(はしご)をしない人が増えましたよ。』

 おっとごめん。前川さんの発見はこれとは違い、かどの数を望みのまま折り出せる技術として広く普及されていて、現代おりがみの(基礎理論)の一つですね。

 その点東大生のやったのは、あやとり作品の一つの広がりを解明しただけで、あやとり全体の(基礎理論)とは違うだろうと想像している。だから要するに(前川原子論)は、私の試行錯誤おりがみにとり、意欲を損なうようなものではまったくないのですね。(いえね、この頃“東大”の語が氾濫しているので、ちょっと嫌味を言いたくなっただけですよ。)

 それにしても、優れた頭脳から「折り線交点の定理」とか「変化おりづるの処方」…、など明快な基本事項にすごい発見をたくさんしてくれていますね。

 でも私がもっとも感激した発見は「無限折り(この“無限”という言葉も、今すごく流行っていませんか?)」です。

 1905年に、インドの T. スンダラ・ロウ(T.Sundara Row)とおっしゃる数学の先生が、「おりがみで幾何学演習(Geometric Exerscise in Paper Folding)」という書を出版された。 

 この本のことは、伏見廉治(Prof.Hushimi Kouji)先生が、満枝(Mrs.Hushimi Mitue)夫人との共著で著された「折り紙の幾何学 日本評論社 1979年刊」の中で紹介をされていて知ったのです。

 伏見先生は、ロウさんの「正5角形の作図法」の改良ということでの紹介でしたが、私が心惹かれたのは、ざぶとん折りを(面積を半分にする折り)として取り上げ、そのことで(数列の和)という数理を教えている点でした。

 すなわち折る前の正方形の面積を1とすると、ざぶとん折り1回するとは面積を2分の1、さらに続けて2回すると4分の1=2の二乗分の1、3回は2の三乗分の1、…それをn回続けて2のn乗分の1、でその(和)を求めると、それは最初の紙の大きさ(1)へと行き着くわけで、答えは(1に収束)となるわけです。

 そこでそんな視点を実感してみたいとてやってみると、15cmのおりがみでは、5、6回で厚くなって折れない! それは完全に(紙くず製造)だ。

 ところが前川視点では、これを(直角二等辺三角形の折り)に変えることで、そう!(無限折り)になるのだ。お見事! そしてつくば大のおりがみ教室で彼の曰く『死ぬまで折り続けてください。』

 確かにそれは理屈の上では無限に折り続けられる。まあともかく実際にこれを12、3回試みたものは、造形的にも美しい。私はこの前川無限折りをお借りして、この造形美を立体化してみた。そしてパウロ・ムラチンヨさんのご好意によりドイツから出版させてもらうことになった「おりがみ 図形と幾何学 Origami figurlich und geometrisch Augustus刊」の中で紹介させてもらったが、今でも時々この(無限折り)を楽しませてもらっているんですよ。 


 写真左上が「無限折り」のオリジナル形。それを反転して立体化してみたというわけ。皆さんも折ってごらんなさい。おりがみの楽しさが満喫できますよ。


 

2021/07/19

女王クレオパトラの横顔!

とうとう!!!

 このブログの始まりの方の頃で、「おりがみで、エジプトの女王クレオパトラが折れたら、もうおりがみ卒業だ!」なんて軽口をたたきましたが、あれれれれ どうしましょうか!

 それが手の上に現れてしまった! そしてそれは、私自身充分満足の行く表情で取り出せたのですね。でも前項で言いましたように、当初私はただ単純に、魅力的な「女性の横顔」が欲しかったのでしたのに。

 そこで、その最初の希望にちょっぴり色を付けて、ふふふっ…「女性の裸の胸像」もやってみました。

 なお女性の全身の裸像は、ずっと若い頃「ビーナス像=イブ像とも」として試みており、知る人ぞ知る、英文の著書に紹介していますよ。

 まあ講釈はともかくどうぞご笑覧ください。

 男女平等の社会と信じて生きて来た者とて、男性の全身裸像「アダム像」も公表していますよ。 おっと、イブはアダムのあばら骨から作られたって? まあ、おとぎ話にせよ、それって男尊女卑の意識からとしか思えませんがねえ。








ちょっとテーマイメージが薄れましたので、少々の休憩タイムを置きます。

2021/07/15

コロナ禍の中で、奇跡的に傑作が!

「雪女」が手の上に!…そしてなんと!!!

 350年余り前に起こったというペスト菌によるパンデミックは、今よりもっと人々を恐怖に追いやったことでしょうが、それが一応の収束となるまでに1年3ヶ月の時間が掛かったそうですね。そこで私は素人の思いにて、今年の3月にはなんとか、なんて思って人にも言ってきましたが、4月が過ぎて5月になって、6月になって、7月になっても、ああまだですね。

 しかしそんな4月に、なんとなくおり紙をもてあそんでいたら、おっ!これはこれは!…なんと「雪女」の姿が生まれ出てきました!

 この雪女というテーマについては、昔、小林正樹監督が、小泉八雲(ラフカデオ・ハーン)のオムニバス小説「怪談」の中から、四つの話を選んで映像化した中に、岸恵子さんの演ずる「雪女」があって、それに魅了され、おりがみに出来たらなあ!と心に温めていたものです。

 それが今ひょっこり手の上に現れた! でもただしそれは「折り雛」と同じく目鼻の表現は無いものです。それでも私はうれしかった。がここで欲が出て、女性の顔を描きたいものだ!と思ったら、これまた勝手に手が動き、女性らしい目鼻が現れてきたのです。

 かくてここからはもう夢中でイメージを駆り立てて、美しい女性のプロフィールを手にしました! (顔)と(髪の毛)との(2枚複合)の手法です。 が、ここでまた新たな欲が湧いてきて、ここでの(髪の毛)を(王冠)のような形に変えたら、あっあっ!「クレオパトラのプロフィール」が!

 いやまず今回は、「雪女」を下に写真紹介します。 もしかして高い鑑識眼をお持ちのあなたには、『どうってことないな。』と言われるかも知れませんが、私自身は大満足です。人の評価などどうでもいい!




2021/07/11

魚のキューブの話

(鷹の羽模様)の「ユニット・キューブ」から

 写真のようなパターンの「ユニット・キューブ(6枚組み)」を見付け、これに(鷹の羽)のイメージを得た。しかしどうもそれだけではインパクトが弱いと思い、このパターンに(濃い色の面での増・減)を加えてみようとのアイデアを得た。



 その結果が(金魚)であり(インディオの魚)との二種の「魚」のイメージだ。その二つの実際が次の写真だが、「金魚のキューブ」では自然に12匹が現れるが、「インディオの魚のキューブ」 では、当初どうしても6匹しか表せなかった。

 ともあれ、(鷹の羽)からのデザイン面での増減が(金魚)と(インディオの魚)とのイメージ変化を生んだところを見て欲しい。



 話を戻し、思い付いたことに拘って6匹では諦めず、大いに粘って金魚と同じ12匹のパターンを得た。が、この間には実に2年の時間が流れていた! 単純なくふうを好む私としては珍しいことだ。でもまあそれだけに愛着のある作品だ。ところで皆さん、(インディオの魚)って、ちょっと変なタイトルでしょう。(伝承の作例から「大口魚のキューブ」とも呼んでいますが。)



 私は、インカやマヤの絵文字のデザインに魅了され、この魚のパターンが、そんな絵文字の中のそれに似て見えたからの題名です。皆さんは、もっと深い意味を想像されたかも知れませんが、単純な理由なんですよ。 

2021/07/07

中国テレビドラマ「三国志」のこと

私の好きな中国の3人の映画監督のこと

 陳 凱歌(チェン・カイコー)、張 芸謀(チャン・イーモー)、そして高 希希(ガオ・シーシー)がその方々。

 まあそれぞれが見事な作品を多く作っておられて、それぞれに感動させられますが、今回はガオ・シーシー監督の「三国志」の感動について語らせていただこうと思います。

 この90数時間に及ぶ大長編ドラマは、ずっと前テレビ放映されたとき、わくわくして夫婦で見ましたが、今回息子のおかげで、パソコンにて再見することが出来、ますます好きになりました。

 何しろキャストがいい! 曹操(チャン・ジェンピン)、孫権(チャン・ポー)、劉備(ユー・ホーウェイ)、諸葛亮(ルー・イー)、周瑜(ビクター・ホアン)、関羽(ユー・ロングアン)、張飛(カン・カイ)、呂布(ピーター・ホー)、趙雲(ニェ・ユエン)、馬超(チャン・イーリン)、曹丕(ユー・ピン)、司馬懿(ニー・ダーホン)、…まあこの映画を通して知った俳優が大半ですが、ともかくすべて吾がイメージ通りのキャラクターが選ばれている。そして英雄豪傑たちの強さだけでなく、弱点やいやらしさも見事に描いている! つまり紙芝居ではまったくない、リアリティーある歴史絵巻だ。

 「三国志」との歴史物語を初めて知ったのは、高校生の頃、吉川英治の作品においてで、そこでの主役は漢帝国の再興を願う劉備玄徳(りゅうび げんとく)だった。が、ガオ・シーシー監督では、実質的に三國の覇者となった魏の曹操孟徳(そうそう もうとく)が主役だ(この原作は羅 貫中)。

 まあこんな言い方は間違いで、歴史群像と呼ぶのが正しいのだろうが、やはり最も監督の情熱が強く感じられるのが、曹操のように思えるのですね。そして私の思いは、それにより大いに変化させられた。 

 曹操は狡賢くて、姦雄なんて言うのが一般的だが、すごく人間臭い魅力的な英雄だ。そして詩人でもあったそうな。そして赤壁の戦い以外にも幾度か敗戦をする。まあ皆さんにこんな話は無用。

 私がここで紹介したかったのはガオ・シーシーという、ちょっと楽しい響のお名前と共に、その見事な監督ぶりのこと。

 なおこの後で監督された「項羽と劉邦」も素晴らしかった。「三国志」で呂布を演じたピーター・ホーが項羽の役をやっている。呂布のときは並外れた豪傑だが、自信過剰でトロい面もあるところを、実にうまく演じていた。が、項羽となると一変し、かみそりのような研ぎ澄まされた性格を見事に演じていた。1トン余の石の鼎を片手で持ち上げるシーンは圧巻だ! 

 なお女性に弱いところは共通で、呂布のときは貂蟬(ちょうせん、テェン・ハオ)、項羽のときは虞姫(ぐひ、リー・イーシャオ)という絶世の美女だ。二人の女優さんも実に美しく、どちらのカップルもよかったー! なお劉邦は、チャン・ダオミンという私も知っていた名優が演じた。

 まあ映画好きの身には、その感動を語りたいんですよね。ただそれだけです。




 この映画にはおびただしい数の馬(多くはCGかな?)が戦闘場面になると登場し、その迫力は圧倒的だが、中でも呂布の愛馬(赤兎馬 せきとば)はすごい! 呂布から曹操のものとなり、それから曹操が畏敬する関羽に譲られ、大活躍をする。馬は地上で最も美しい生命と思う私は、おりがみでくふうするときは、いつでも心から楽しんでいますよ。


  

2021/07/03

内山興正先生との最後の思い出

「コマ」の中心

 それは1994年、滋賀県大津の成安大学にて行われた「第二回国際おりがみ集会」に参加の後のこと。ドイツ在のブラジル人パウロ・ムラチンヨさんとドイツ人で彼の奥さんジルケ・シュレーデルさん、そしてオランダ在のポルトガル人、パウロ・タボルダ・バレットさん(Mr.PauloTaborda Barreto)の3人をお誘いして、内山先生のところをお訪ねしました。

 こころよくお迎えくださったのですが、驚いたのはそこに奥様がいらっしゃったことです。でもそれは本当に嬉しい驚きでした。

 いろいろと哲学的なお話をしてくださり、通訳を促されるも、高度な説話はまったく通訳など出来ず、冷や汗をかきましたが、3人はとてもスマートな人達とて、その場の雰囲気で多くを察して、私の語学能力の程度を理解してくれたようです。アルコールが入ると、蛮勇が出てしゃべりますが、シラフのときは、まるでボンクラ!

 そしてこのとき、最新のくふうだとおっしゃって、(おりがみのコマ)をプレントしてくださると共に、それを回しながらこんなお話をしてくださいました。

『ほら、この通りよく回るでしょう! コマって”独楽(どくらく)”って書くでしょう。だから一人で回して楽しんでいるんですよ。はっはっは。 ところでね、ここで回っていないものがありますがわかりますか? それ(コマの中心)ですね。

 さて私は仏様の教えに従って生活しているだけで、食べ物も住む家も、ぜんぶひと様に支えて頂いて生きているわけですが、そのことを少しも恥じたりはしません。

 すなわち私の心はこのコマの中心のように、不動でいられるんです。私が仏様の教えを不動の心で人々にお伝えすることで、皆さまが忙しく回ってくださって、私の不動心を援助してくださっているのです。』 

 これが内山先生との最後の思い出なんです。なおブラジル人の方のパウロさん、彼は写真の腕はプロ級でして、そんな彼ががたくさん撮ってくれた師との(ツーショット)は、私の宝ものです。



 なお別れ際師は、『私はもうおりがみの方の活動をする時間がありません。で、おりがみについては、あなたに衣鉢(いはつ)を託します。』とおしゃられた。
 このことは、3人に帰り道「師からおりがみのバトンをタッチされた」と話したら、3人揃って握手してくれました。でも具体的には何をすればいいのか? 今尚分からない。
 こんなブログをやることがそれに当たるのかな? なんて思っています。