2019/12/03

楽しいくふう続々と!

なんとも楽しくやさしい工夫

 前項で、幼稚な興味にて、意味など無さそうな造形に喜んでいましたが、…これこそ私の工夫のコツの極み! 私の腕の程を3回に亘ってご披露しましょう!

 まづその1は、(3等分折り)からの、はいっ!「チンパンジーくんとの対話」です。もう図面を引く余力がありませんので、完成形の写真から折ってみてください。

耳のところを持って、押し引きするとおしゃべりする。

 なおこの(おしゃべりおもちゃ)は、チンパンジーくんだけでなく、ちょっとした折り変えで、いろんな表情が出せますから、どうぞ楽しんでみてください。

みんな「おしゃべりくん」

 次に(5等分折り)からは、私の大好きなテーマ「雀」のその(飛び姿)を紹介しましょう。これもどうぞ写真から折ってみてください。(目)と(くちばし)に紙裏を出すとの細部での思案が面白いですよ。

「飛ぶ雀(5等分折り)から。」

別の視点から。

2019/11/29

大好きな造形

加賀前田家伝承「紅入れ」

 これは確か阿部恒さんから教えてもらったものですが、実に見事な造形のおりがみ作品です。「紅入れ」とは、女の人が唇に塗る紅(べに)の容れ物として、当時は実用だったであろう、おりがみ作品です。
 赤いおり紙で折ると効果的です。これを現在に活かすために阿部さんのアイデアから、「ティシュ・ケース」などと見立て直していますが、私は「シールとか切手の入れもの」なんていうのもいいかな?なんて思っています。いやそれより「お年玉袋」がいい!

 さて写真でご覧いただくと分かるように、この作品造形の(赤)と(白)の面積が、表裏共に(1:1)なんですね。
左が表の形で、右が裏です。ねっ!どちらも赤:白=1:1。

 いやいや、実は私がさらに大好きな造形とは、完成前の次の写真のような形で、…私の幼稚性は、このように白い正方形が連なっている造形に、無心に惹かれるのです?!
 そして、この白い正方形を数えると、それは(4)で、この数字は辺の等分数を示しています。
正方形の団子が4つ!

 ばかみたいな視点でしょう! でもね、私の発想はそんな幼稚な好奇心から始まるのですよ。つまり、これが(4等分)なら、(3等分)は? また(5等分)(6等分)は?
 そしてそんな造形を並べて楽しむのです。…とそこに、新たな思案が生まれます。すなわち(3)(4)(6)は楽に折れるが(5)はどうやったらいいのだろう?の思案なんですね。

 また(8等分)のものも実にやさしく折れますが、はて「(6)と(8)の間の(7等分)はどうやったらいい?」
 でも思い出してください。私の工夫のコツとは「思案は“中間に在り”」でしたでしょう。かくてイメージは湧きましたが、でも折りの実際は?

左から(3)(4)(5)(6)(7)(8)の等分形。
さてこの形、白い正方形を数えれば、それが何等分かが解る。

 ここに(幅がきっちり3cmの、プラスチック定規)が有ります。すると、15cm角の一般的なおり紙を、(5等分)するなら、15cm÷5=3cmとて、このプラスチック定規を使えば、5等分が楽々出来ますね。(100円ショップで売っている短い定規ー写真のものーが、きっちり幅3cmです。)
幅3cmのプラスチック定規

 しかし、次の(7等分)は、15cm÷7=2.1428…とて、どうもうまくありません。が、ここで、15cmのおり紙の、(対角線)の長さを測ってみると、これがほぼ(21cm)なんです。で、対角線を折って、そこに3cmの定規で印を(2方向)から付けると、いとも簡単に(7等分)が出来るのですね。
左が(7等分)、右が(5等分)。
右の長い定規も、幅きっちり3cmです。


2019/11/25

コーンドリーcorndollyの想い出

敬愛する同志、デーブ

 1998年のことでした。イギリスのおりがみ名人で敬愛する同志、デビット・ブリル(david Brill)さんのお声掛りにて、イギリスのコンベンションに娘を連れて伺いました。

 このとき、いくつもの収穫がありましたが、そのトップは、あの素晴らしい傑作、バレリー・バン(Valerie Vann)さんの「マジック・ローズ・キューブ(Magic Rose Cube)」に出会ったことです!(BOSのメンバーが折ったものだった。作者ご当人には2000年、ビッキー・ミハラさんのご好意にて、サンフランシスコで会えました!)

 もちろんその他にも、多くの良き出会いと、素敵な友情を得たことなど、熱い思い出をたくさんいただけたことは、言うまでもありません。

 ところでおりがみ以外でも楽しい出来事はいろいろありましたが、デーブのお母さんに会えたことは、忘れられない一事です。飾らず自然体で、すごく魅力あふれた人でした。
「ああこのお母さんにしてデーブみたいなナイスガイが!」です。娘も同意見でした。

 一方、粋な雰囲気を持ちながら、隅々まで神経が行き届いた彼の作品群。ところが彼個人の性格は、かなり大らかで、細かい事は気にしない少年のままのようだ。
 そんな彼の楽しさを覚えたエピソードがある。散歩で前を歩くデーブを見て、娘が私の袖を引いて指差す先を見ましたら、彼の靴下、左右で色が違ってました! くすくす!

 彼の住まいはゴルフコースの中の、農家を改造して、ゴルフのクラブハウスにしたものと言ったか?!正確な来歴について聞いたことは、もう記憶が曖昧になったが、とにかく、なんとも素敵な三階建ての住まいでした。

 外に出るとき、『ゴルファーの玉が飛んで来るかも知れぬから、気を付けろ!?』という注意の中をきょろきょろしながら歩いて行くと、ブルーベリーが実っています。彼の薦めで、ちょいとつまんで、喉を潤します。
 なんて素晴らしい環境に住んでいるのでしょう!

 さて次が、デーブの住まいの近くに、「コーンドリー(corndolly)」という造形をする作家が居るとのことで、紹介してもらいました。

 初めて見るこの「コーンドリー」ですが、ウェールズのケルト人の間に生まれた伝承造形で、麦の初穂を編んだものだそうです。(後日知ったことです。)
 おりがみに、伝承と新しいくふうや発見があるのと同様、このデーブの友人も伝承と新しい発想からの作品を作っていました。本来このコーンドリーは、一旦土に返し、翌年の豊作を祈願する行事のための祈念物なんだそうです。(これも後日の知識。)

 小品を2つほど頒けていただいたものをお見せします。 なおこのコーンドリーの言葉が、私の大好なフォルクローレの名曲、「コンドルは飛んで行く(El Condor pasa)」の鳥の(コンドル=Condor)に似て聞こえたので、思わずそれを口ずさんだら、デーブに叱られた。つまらないダジャレみたいなのは嫌いなデーブのようでした。

2019/11/21

なんだこれは!?

公園の側でのミステリー!

 この9月のことです。妻とスーパーへの買い物に出掛けたときのことです。住まいの集合住宅に隣接する公園のところで、…まったく痛くも痒くもなかったのですが、なんとはなく違和感を覚えて、ふと半袖の左の腕を見ましたら、そこが赤紫に変色していると共に、何やら黒い(釣り針様)のものが、4本も腕に突き刺さっているのを知りました!

 そしてその釣り針様のものは、なんだか生きていて、皮膚の奥へと進んで行くように思えてしまいましたので、急いでそれを引き抜こうとしました。けれどそれは強く皮膚に食い込んでいて、すぐには抜けません!

 しかし、恐怖心がありましたので、必死に引っ張ると皮膚は大きく伸びましたが、とにかくそれらをなんとか抜き取れました。妻は心配して『血が出てるわ!バンドエイドは無いの!』と言いながら私の様子を見ています。
 で、4本の棘を抜いた後、腰のポシェットからバンドエイドを出し貼りました。

 その後急いであたりを見回し、その(得体の知れぬ爪)の主を探しました。しかしながら、どう見回してもその犯人は? それが植物か虫か、それすらも分かりませんでした。ともかく、全てに鈍くなっている年齢です。

 2週間ほど後の事でした。外出して帰ってきたら、家の扉に実に奇妙で初めて見る虫が止まっています!(不気味で怖くてじっくりとは見ていられませんでしたので、…一瞥した印象を下の絵にしてみた。)
 全体は、上下左右4、5cmくらいのサイズで、体部分には(黄色と黒の縞模様)があって、蜂のような姿です。ところが広げている羽は、薄く透き通っている中に隈取りのような模様があり、です。そして、その羽の先端には(4本の釣り針様の爪?)みたいなものが付いているのです!



 なんかぞっとしました。「こいつか!俺の腕を刺したのは!」 しかしともかく不気味感が起こって、家の中へと逃げ込みました。5分くらい遅れて帰って来た妻も、この虫を初めて見る変な虫だと言っていました。

 でもこいつが私の腕に針を打ち込んだ?!の証拠はありません。そもそも、もしも虫の仕業なら、この虫の目的が分かりません。
 一方、植物に(イラクサ)や(バラ)など(棘)のある植物がありますが、公園にそれは見つかりませんでした。植物の棘とは、色も形もまるで違っていたことは確かです。
 はてさてこれは、一体なんなのだ!?
 手持ちの「昆虫図鑑」を見てみましたが、絵のような虫はいませんでした。

 でも、近頃は「背赤後家蜘蛛(せあかごけぐも)(大好きな作家のアイザック・アシモフにヘンリーという博学にして慧眼の給仕が主役の、“黒後家蜘蛛の会”との楽しいシリーズがあるので、黒はいいが、赤はだめ! それにしても“後家”の名は? 確か交尾の後オスを食べちゃうから?)」とか、「マダニ」だ「火蟻(ヒアリ)」だと、…変なのが生活圏に忍び込んで来るこの頃。怖い!

 ともかくも、なにかと(皮膚感覚)が鈍くなっている老人とて、2ヶ月経っても残っている紫色の痕は、私にはミステリーです!

2019/11/17

「昔、始まりの物語」のこと

その後?

 4部か5部か、ともかく大長編を書きたい!とて始めた「昔、始まりの物語」ですが、その(第2部)に、なんとか決着のイメージが得られるところに至りました。が、ここで、それを書いている古いパソコンがダメになりそうです!
 だから今、騙し騙し打ち込んでいます。 第1部より奇想天外さを増したもののように思っていますが、このパソコンではもうだめかも知れない!? どうしたらいい!?

 ところで中学生の頃、兄貴が持っていた「中里介山作 大菩薩峠」。それは(9ポの活字で3段組みB5判だったか?)で、確か1巻が4,500ページで全8巻!…当時世界最長と言われたその小説に夢中に成り、高校受験のときなのに止められず、でもまあなんとか(第二希望)に受かったものの、冷や汗ものだった思い出から、なんとも愚かにも、この“世界最長”の語に魅了されて、ともかく大長編を念願しました。(これは最長にして未完!! 確か今ではもっと長い小説があるようですが、)まあまあ、なにしろ愚かな考えです。
 で思いを入れ替えて、長さなどに関わらないで、ただ、だれも書かないファンタジーに思いを寄せたわけです。とにもかくにも、まったく個人の酔狂な妄想から始まった話!

 でも思い出すなあ、大菩薩峠の名場面と名セリフ、ニヒルな主人公机竜之介が、ふらふらと加わってしまった新徴組で、『ボスの清川八郎を斬ろう!』とて15、6人の連中による暗殺部隊。それはかの土方歳三(ひじかた さいぞう)の指揮の元にて決行される。なんと、竜之介はこれにもまたふらふらと加わっています。
 ところが、清川が乗っていると思った駕籠から降りて来たのは、剣豪島田虎之助。間違いに気付くも、今さら止められないとて斬り掛かるが、あっという間に三人、五人、と、一刀のもとに切り倒される。

 塀を背にして青眼に構える島田に、さらに残る刺客が襲い掛かります。なにしろ強者揃いの新徴組とて、怖気付くような者は一人もいない。しかしまるで腕が違う。ほとんど一太刀で倒されて行く!
 竜之介は何故か影に隠れて見ていて、その腕前に畏敬の念を抱く。

 そして最後に土方歳三が、島田にこの襲撃団の首謀者と見抜かれ、赤子のごとく扱われて、取り押さえられる。しかし命は取らず突き放したときに言葉を発する。名セリフ。
『剣は心なり。心正しからずば、剣また正しからず。剣を学ばんとする者、まず心を学べ。』これは歳三にではなく、竜之介に言ったのかも知れません。

 なおこの島田虎之助は、実在の人物だそうです。剣は「直心影流(じきしんかげりゅう)」で、勝海舟(かつ かいしゅう)の剣の師でもあったそうだ。

 なお「大菩薩峠」は何度も映画化されていて、調べたら、最初が1957年、内田吐夢監督、片岡千恵蔵の竜之介と、大河内傳次郎の虎之助で、私はこの虎之助が一番好きだ。
 次が1960年、三隅研次監督で、市川雷蔵の竜之介。私は雷蔵こそ適役と思った。そして島田虎之助は新国劇の島田正吾が演じた。島田正吾の重厚な発声もよかった。
 そして3度目は森一生監督が、三隅と同じ配役で続編を作った。 そして4度目が岡本喜八監督、仲代達矢の竜之介、虎之助は三船敏郎が演じた。これは見ていない?

 さて、中里介山によって生み出された机竜之介は、「甲源一刀流(こうげんいっとうりゅう)」の達人で(音無しの構え)を極めた男。ただ剣のことしか頭に無いニヒルな性格で、人の命も人の幸せも彼の心に斟酌はまったく無い。こんな人間を主人公にしたところが、中里介山のユニークさだと思う。

 それにしても、現代、時代劇はともかく、チャンバラ映画というのは、ああ!もう死語に近いようで、寂しい!

剣道

2019/11/13

フレーベルの美麗式

その中にもパズルが有る!?

「フレーベルの美麗式」という彼の発想の根本は、“わずか1折りの違い”が、大きな造形変化に繋がる面白さの、こどもへの伝達ということだろうと思います。
 が、そのフレーベルの美麗式に関わる資料の中には、「えっ!」と思わず叫んでしまうほどに、(難しいパズル)があることを発見しました。それが下図の造形です。
1895年、ロンドンとグラスゴーで出版された英文の
書、「おりがみの教科、フレーベルの“こどものための手技
工作”  の一つ(Couse of Paper-Folding  One of Froebell's Occu-
 pations for Children)」著者はエレオノール・ヘーエルバルト
(Eleonore Heerwart)。この資料の中に、上のような(部分反
転パズル)といってもおかしくない(難問?)があったので
す。初めて見る方はぜひチャレンジしてみてください。  
  なお正確に言いますと上の形の色分け、原書は中心部も白 
なのですが、私の好みから、中心部にも色を出しました。 

ところでこの(パズル案)を得たのには、エピソードがあります。以前、沖縄の島袋保子さんが、年に一度、信州おりがみ交流会「りんどう」の大会にご参加された帰り道に、お仲間と共に戸塚まで来てくださり、食事をご一緒しながら、楽しいおりがみ談義に時を過ごすというのを恒例にしてくださったのです。

 一年に一度の出会いとて(七夕会“たなばたかい”)なんて呼んでいましたが、まあお互い歳をとり、いろいろと体に不都合なことも生じ、今は楽しい思い出になっています。
 ともあれ本当に楽しい集いでした。で、私はその会合の一ヶ月前くらいから、何か会合の思い出に結び付くものをと、考えます。まあ、隠居の身では、お金の掛からない(おりがみ関連の記述プリント)くらいしか出来ませんでしたが、それを(おみやげ)とすることを考えてやってきました。
2012年のプリント

 島袋さんは、何よりも(フレーベルの美麗式)がお気に入りで、沖縄からこの(美麗式の再評価)の普及活動をされました。そのこともありましたので、私はそれに賛同するプリントを作り、上記のような(おみやげ)を考えたのですが、その中で、この中に(すごいパズル)を発見して、このときのプリントの(目玉)としたのです! それが上掲のものです。 私はこれの解答を得るのに、ほとんど1日掛かりました。

 ところが、ところがです! この(七夕会)に常に参加してくださっていた埼玉の左方文子さんは、あっさりと解答されたんです!
 かくて前項の「表裏胴白ちょうちんパズル」は、彼女のことを大いに意識して考えたのでした? はっはっは、もち冗談! 事実はただの偶然の産物で、…だけどきっと、あっという間に解答されちゃったかもね。

2019/11/09

「ちょうちん」反転パズル

既に答えは得ているのに、…

 1996年に、双樹社から出版された「ジョイ・オブ・オリガミ」は、自分でもよく書けた一書だと自負しておりますが、その中で伝承の「ちょうちん(又は風鈴)」の部分反転パズルを紹介しています。(“風鈴”のタイトルの方を作品採用すれば、部分反転は必要なくなりますよね。)



伝承「ちょうちん」の(部分反転パズル)

 そしてそこでは、上掲の通り、既にいくつもの解答を示しています。だからこれは完結したパズルなんです。
 しかし最近、同じく伝承の作品で「切子とうろう(目玉ちょうちん、またはお化けちょうちん)など、いずれもこれの作品名」の部分反転パズルのことを楽しんでいる中で、再びこのパズルの(難しい!?解答)を得ました!

 変な話でしょう! 素直ないい解答を既に得ているのに、なんで今更!ということですが、現代のおりがみでは、あえて難しい折り方のものを求めることに、快感を覚える向きもあること(!?)を知っていますから、まあ、そんな人たちの(受けを狙って)紹介してみようか、と思った次第です。
超難しい「表裏“胴白”ちょうちん」のパズル。
なお、明かりの灯る部分を、私は(胴どう)と呼ん
でいますが、間違っているかも?        

左の黄色いのが(かんのん折り)からの「ちょうちん」
右の橙色が(ざぶとん折り)からの「切子とうろう」。  
  そして今回紹介した「表裏“胴白”ちょうちん」は、右の  
「切子とうろう」から見付けたもので、もちろん切らずに 
作らなくてはいけません。パズルですから。       
なお、上段が表面で、下段は裏面です。       
   
 ともかくこれ、ほんとうに難しいパズルですよ。そして、前に紹介した「サイコロキャラメル・パズル」考案者同様、私も『パズルの楽しさと苦しさ、そのどちらも味わっていただくために、答えは教えません!?』
それにしても、(おりがみ部分反転パズル)奥が深いでしょう! おっと、難しくてストレスを感じたらどうぞ中止してください。「楽しくなければ良いおりがみではない。」が私の主張です。でも私自身は、超難解おりがみパズルの発見に大喜びしていますがね。

2019/11/05

博士の愛した数式

感激した映画から。

 作家小川洋子さんの名作「博士の愛した数式」を、小泉堯史(こいづみ たかし)監督が、平成17年に映画化されました。とても素晴らしい作品で、心を揺さぶられると共に「ああ、数学って本当に美しい学問なんだな!」と、しみじみ思わせてもらいました。もちろん本の方をまず読み、そこでも感激したことです。

 なおこの小川さんの小説について、数学面で協力をされたのは、藤原正彦さんだったとのことです。テレビに出られていて、何度かお話を聞きましたが、すごく魅力のある数学者ですね。『数は、宇宙の生まれる前から在った!』映画の中で語られたこの言葉、藤原先生はテレビで言っておられ、大いに感動しました!

 さてドラマの中で、博士から愛され(ルート)とあだ名を付けられた野球好きの少年が、やがて高校の数学教師となって、生徒たちに数学と博士の魅力を語ってゆく、というストーリー展開ですが、映画では当然映像で数学の意味を教えてくれるので、私の頭にもその思考するところが理解されました。
 階乗(かいじょう)、虚数(きょすう)、素数(そすう)、友愛数(ゆうあいすう)、完全数(かんぜんすう)、…そして最後に、博士の愛した数式「オイラーの公式」まで、…知るだけで楽しい!(ーマイナス)を(+プラス)に変えることで(0ゼロ)と結び付ける!という小川さんの構成の見事さ!

さて私に数学の楽しさ、面白さなどを教えてくださった阿部恒(あべ ひさし)さんは(ユークリッドの“比例”の考え)の応用から発見された(立方根の折り出し法)からスタートし、やがて(フェルマーの最終定理)の意味だとかのびっくりするような話をして教えてくださいました。 ああ、楽しかったあの頃。
(上記のような話は、1989年にサンリオから出版された「おりがみ新世紀」の“付記 折り紙最前線レポート”に解説しています。)

 まあ阿部さんの慧眼から見たら、相当低い次元の話になってしまうでしょうが、でも低い次元こそわが道と思う私には、(初等幾何とおりがみ)といった教材案を、楽しく探したいのが念願です。
 だからこれからも、(やさしく楽しい教材案)を、時にはパズルのスタイルで紹介してゆきたいと思うのです。

2019/11/01

これはもう(教材)?!

(中間)の考えから、深入り!?

 今、1折りでおり紙(=四角い色紙の方の意)の、(色面)と(裏の白面)の大きさを(1:1)とする折り方、を考えたとします。
 これなど「やさし過ぎて、考えるのもバカバカしい!」と言われそうで、…すなわち、3分の1の長方形を折ればいいわけですね。(写真1)

写真 1


 しかし、これを(対角線上での1折り)で考えると、こりゃ中高生の本格的な数学問題になってきます。

 でも私は、これを(正多角形すべてを“中間の視点”で捉えるのやり方=前項での解説)と同じように、小学生にも解るような方法で、考えます。 すなわち、この正しい位置は(1:1)となりそうな、やさしい折りで、その正解の前後のものを見付けて、「正解はその(中間)に在る!」とするわけです。要するに(絵解き)というやつですね。(写真2)
        写真 2
まずは辺を(3等分)と(4等分)したもので、
その(正方形)か(正方形の半分=三角形)で、色面
    と白面の数を数えてみます。               
  すると、左の3等分では(色面)と(白面)とは、 
    2:5で、白面が圧倒的に広い。             
 次に右の4等分では、色面:白面とは、4.5:7と
て、やはり白面がずっと広い。まあこのように小数点
が付いてしまうようなときは、正方形を3角2つと数
えて、9:14とした方が、小学生にはいいですね。
上の実験から、今度は(5等分)と(6等分)
で見てみると、左の5等分では、色面:白面は、 
8:9で、やはり白面がやや広い。ところが今度 
6等分では、色面:白面は、正方形を2と数えると
ほーら、25:22で、白面の方が小さくなった。
 すると色面と白面がきっちり同じ広さになるもの
   は、この2つの(間に有る!)と分かるのですね。   
                           
ほらね! 答えは(中間に有り!)というわけ。

 ただし、この例題での正解は、まったくの(計算)で求めるしかありませんでしたが、そんなこととは別に、(正解の姿を感じ取る)のが大事だと思います。

各辺を3等分した、つまり全体を9等分
してから√2/3が答えとなりますが、そんな
のは、興味の薄い事柄ですね。      

2019/10/28

答えは“中間に在り”

私のおりがみセオリー(theory)と(くふうのコツ)

 半世紀以上おりがみという(遊び、またはパズル、または美術、または教材、…etc.)を楽しませてもらって来た中で、私なりに会得した1つの(発見のコツ)といったようなものが有ります。

 このブログの始めの方の項「回転折り(コンパス折り)」の紹介において、定規とコンパスの使用範囲の内では、(正7角形)の作図は(不可能)とされているが、私のセオリーにおいては、「楽々作図出来る(正6角形)と(正8角形)の(中間に在る図形)」と考えれば、おりがみ的な解答が見付かるだろう!と言う考え方を元に、結果を得ました。それらは既にご覧いただきましたね。

 あるいはまた、紙を折るという行為を、(ぴったりと折って、その結果の形=formの変化)を求めるものと、(折ったら開いて、その折り目=creaseの意味)を考える、との二つの行為の(中間に在る“半開”状態=half-opened shape)に注意を向けることで思い付いた「イメージ・ゲーム=Image game」。
 この(半開折り)での視点は、(紙を“小口=edge”から見る造形)という、新視点のものも考えられ、イメージの幅を広げてくれるのですね。

 まあともかく、私はこんなふうに(中間=middle)というものに(くふうのコツ)を得たのですね。下図がそのことの説明です。
(中間)は無数にあることになります。




2019/10/24

コップと正5角形

(似て非なるもの)の楽しさ

 前項の(コップの折り方)とそっくりな折り方から始まるも、まったく似て非なるものがあります。写真に見ていただくと、…「コップ」の方は、その(斜めの辺の目安点が、1:√2)となっているのに対して、この似るも異なる折り方では(目安点は、1:1)と単純です。
左が「コップ」の折り出し。では右は?

では右は何かと言えば、これは(アメリカ方式の“正5角形”折りの目安)なのです。さて(正5角形)という図形の作図は、決して単純なものではなく、まあ大胆な言い方をすれば、「近代の幾何おりがみの出発点は、正5角形の正確でやさしい作図法の追求」だったとも言えると思っていて、そしてこの課題は「決着がついている」と、はっきり納得するには至っていないようにも思えますが、…
アメリカ方式の「正5角形の作図法」
理屈の上ではわずか誤差があるので、一応
は(近似解)なのだが、現実に折るとき、
それは途中で吸収されてしまう。    
しかしそんな中で(1:1の目安点)から折る(アメリカ方式の正5角形折り)は、これが近似解(*)であっても、現時点で最善のものだと思っています。
 これを私に教えてくださったのは、(OrigamiU.S.A.)の前身「ニューヨーク・オリガミセンター」が発行していた、季刊新聞「ジ・オリガミアン(The Origamian)」の編集長であった、アリス・グレイ(Alice Gray)さんでした。

* 理論的に(正)となる(正5角形の作図法)は、今から100年以上前の1905年に、インドの数学の先生、T・スンダラ・ロウ(T.Sundara Row)さんにより導き出されています。しかし、このように、理論上の精度はおりがみの実際においては生かされない場合は多い。事実このロウ先生の折り方では、神経を研ぎ澄まして折らないと、まったくもって(正5角形)は取り出せない。

 このロウ先生の「正5角形の作図法」を、ご著書「折り紙の幾何学(日本評論社)」で紹介された伏見康治先生は、これの改良を試みられ大いに改善されたが…それでもきれいに折るのがかなり難しい。(目安)には、(取り易いもの)と(取り難いもの)とがあり理論的なものでは、どうしてもこの目安が取り難いものが多くなるようです。

 つまり、実際には(わずかでも厚みのある紙)を折り、なおかつそれが重なって行くわけで、理論上の精度は、この紙の折り工程で大抵は壊されてしまうのです。だから、始めからこのズレを“誤差”として見込んでの近似解の折りこそいいのではないだろうか。
 そんな意味合いにて、私は上記(アメリカ方式の正5角形折り)が(楽しく折れて、なおかつ精度が高い)これが最善だと思っているのです。


2019/10/16

コップの幾何学

ここでも(1:2)の比率

 前項で、私の幼児期の小さなな記憶に繋がる「コップ」の話をしました。なにしろ幼児期のおぼろげな記憶ですから、それはおそらく現在のように、きっちりとは折ってはいなかった筈です。

 しかし、現代のように正確な折り方となりますと、そこには明確な数理が見えて来て、そう!これも立派な教材へと繋がって行くと思えます。

 もう過去に何度も、諸所にて喧伝してきたことではありますが、改めて折りながらそれらのことを、楽しんでいただきたいと思います。 

改めて示すまでもない、「コップ」の現代の折り方ですが、このような折り方に
よるなら、そこにはとても面白い(数理事実)が見出せます。すなわち、(面積)と
    言う視点からの興味です。                              
 なお上の写真は、反時計回りで示した折り方ですが、2番目のピンクのところには
3つの三角形が在りますが、真ん中の三角形は(2等辺三角形)であることは1番目
の目安の折りから明らかですね。と、このことから上部の直角2等辺三角形と、下部
の直角2等辺三角形の面積比は(1:2)が証明されます。           
 そして、5番目のピンクの完成形では、ピンク部分と紙裏の白とが(等積=同じ大
きさ)の事実も見られます。ではそのことを証明してみてください。       
    

2019/10/13

一番最初に出会ったおりがみは?

それは「コップ」です!

 私の生まれは長野県の岡谷市です。そして生家は、塩尻峠(しおじりとうげ)の近くでした。
 そこに、何代か続く鉄工所が在りました。そこで4人兄姉の末っ子、として生まれました。敷地内に住まいと工場が在り、いくつもの機械があり、それを扱う職人さんも何人も居ました。幼児の私の面倒を見てくれるお手伝いさんも居りました。まあ、中流家庭と言ったらいいでしょうか。
 そして、私の父はそう!その鉄工所の親方でした。

 しかし父は、そんな職業があまり好きではなかったようです。お得意さんから渡された図面に従って機械で(部品)を作ることなどより、(個性を持った手作り)をしたかったのではないだろうか、と今の私は思っています。(現実はそんなに単純じゃないでしょうがね。しかし私はいつもファンタジーを夢見ているんです。)

 そこで、東京に来てからは(彫金師)の道に進み、晩年まで続けました。銅板に(浮世絵)を彫金するという父ならではのアイデアを得たのでした。
 それまでの彫金は(唐草模様)など、それ自体が作品ではなく、他の物品の装飾物の製品が主だったのです。
 私は父の依頼で、銅板に浮世絵をトレースしました。父に器用さを認められ嬉しかったものです。
「彫金の浮世絵」は、最初の頃は、結構(ボツ)も出していました。でもそのうち、いいなあ!と思えるものが出来て来ました。
 一番上の姉がセールス上手で、父の彫金浮世絵を大いに売ってくれていたようです。なお私も教わって銅板を(たがね)で削ってみましたが、まったく素質はないことでした。
何度やっても、たがねは深く食い込んで行って、結局(穴)を開けてしまう!

 さて、かの(朝鮮戦争)が勃発して、(金へん)の仕事が大盛況となる直前に、工場も家も敷地も売って、東京に出て来ました。もしも、父がもう1年でも頑張っていたとしたら、この隣国の戦争の世情変化から、もしかしたら長野に留まっていたかも知れません。そうなっていたら、…(オリガミアン笠原)は居ない? オー、マイ、デスティニイ!

 一方母は、お隣の諏訪市の生まれで、なんと(10人兄姉!)の末っ子でした。この母方も同じ(笠原)姓でした。郵便局の局長の娘でした。
 さすが10人というのは大変で、八人目で『もうヨシ(伯母さん)。しかし九人目が!で、ヨシノブ(伯父さん)』。
 けれど10人となったので、『もう艶やかな子になれ!とて、ツヤとなったのよ。』母から聞かされた話です。

 さてこのツヤさん、なかなかお茶目で才気の人で、…諏訪高等女学校では作家の平林たい子と同級生で、早熟な彼女は、卒業を待たずに愛人を作り、一緒に成るために出奔するが、その手助けをしたのがツヤさんだった!(平林たい子は、この女学校開校以来の才女だったとか。)
 で後年、テレビの(人に歴史あり)という番組で、平林たい子が取り上げられたとき、わが母も上記のエピソードから出演した。(母のお使いで、私は確か池袋の近くだった?たい子さんの家へ届け物をし、たい子さんからお駄賃をいただいた記憶があります。)
(何代も続いた鉄工場を売り、東京に行こうと父を説得したのは母らしく、同級生の平林たい子の生き方などに影響されたのかも知れませんね。)

 いや、前置きが長くなってしまいましたが、要するに、我が家は当時は中流家庭で、しかもちょっとフツウとは違う家柄で、そして(自由)という精神を持つ両親だった、と言っていいのかも知れません。
 で、敗戦後のあわただしい世相の中で、私を幼稚園に行かせてくれるというのは、そう一般的なことではなかったと思います。そして、塩尻峠に在った幼稚園で、私は初めて(おりがみ)と出会います。具体的に言いますと、伝承作品「コップ」でした。

 幼稚園時代のことを覚えている?! それは確かにフツウのことではないでしょう。でも私がそれをはっきりと覚えているのは、実はきわめて印象深い(食べ物)と繋がっているからなんです。

 敗戦後で、食べ物の乏しい時代です。でもこどもには体を作ってやらねばならない! 幼稚園の(お3時?!)のときだったと思います。皆におりがみが1枚づつ配られましてそして「コップ」の折り方を教わって折りました。
 と、先生はそのコップの中に、焦げ茶色の(黒豆)ほどの大きさの物体を、いくつか入れてくれました。「おいしい!」と思って食べ、この(おいしい食べ物)からの関連で、この最初のおりがみ「コップ」をしっかりと覚えたのでした。
現代の「コップ」

 さてこのおいしい物体を、母のためにすこし残して持って帰り「お母さんおいしいよ」とすすめました。が、今でも覚えています。何か困った表情の母は『おいしいなら、全部おまえがおあがり。』
 ものが乏しい中、こどもへのタンパク質の食べ物とて、先生方の思案でしょう。このあたりに多い養蚕所の、絹糸を採った後の(さなぎ)を炒ったものでした。

 とまれ、才気の人で、いつも微笑んでいたのに、このときの困ったような母の顔と、おいしいおやつの入れ物「コップ」のことを大人になっても忘れなかったわけです。

 ところで10数年前になるでしょうか、飯田市の竹内恵子さんのお声がかりにて、信州おりがみ交流会「りんどう飯田」へ伺った折の夜、飲み屋さんに連れていってもらったときです。ああ!このとき、お通しに(さなぎの炒ったやつ!)が出ました。

 …が、幼い頃の無垢な味覚はもう失われていたようです。でも信州人の私は、東京に移って青少年になってから、(いなご=grasshopper)や(蜂の子=babybee)はおいしくいただきました。ただなんですか、(蜂の子→缶詰になっている)は、今やすごい高級品だと聞いています。

 なお竹内恵子さん、私と同じく千野利雄(ちの としお)先生の指導を受けた得難い同志です。そして、飯田市は(水引)の生産地として知られ、恵子さんも「水引工芸」には精通しておられます。
 私が一時熱中した(織り紙=Tape Weaving)の、(お手本)とも考えたのがこの「水引造形」ですから、いよいよ得難い同志(=Comrade)です。



2019/10/10

実用おりがみ?

ファッションにも!?

 ちょっと驚いたのですが、おりがみが(ファッション)にも繋がり、一枚の素材を折って作ったものが、そのまま衣装になる! そんな実例がテレビで紹介されていてとても驚いて楽しく見ました。著名なイッセイ・ミヤケさんが関わっておられるとか!
 本年5月17日のNHKBSプレミアム「美の壷 進化する折り紙」にて見ました。内緒でそのテレビ画面、お見せしましょう。(くれぐれも内緒ですよ!)
右のテーブルの上に見えるものが、左の衣装です!

 実は私は若い頃、…私の場合はおりがみのデザイン面での利用ということですが、服飾関係の世界からの依頼を受けて仕事をしたことがありました。
 一つは、ヘアデザイナー(髪型のデザイナー)の方のショウに、「ウェディングドレスに(鶴のおりがみのアップリケ)をしたい」との依頼でした。(髪型のショウ)であっても当然衣装も大事だったのですね。
これがアップリケ用の「鶴」
 上のアップリケの作例は、後年、写真の
 ような(おりがみ作品)に活かされました。
アップリケ用の鶴を作っていたときには誤
解していた、翼の模様を訂正しています。

 さてファッションショウの楽屋は正に戦場で、楽屋に居た私の目の前で、素敵なモデルさんたちが、ぱっぱっと胸も露わにされる着替えの様子には、いやー、目のやり場に困りました! が、まあ実に嬉しくも得難き経験!

 なおもう一つのファッションデザインの仕事は、和服の(帯)におりがみによるデザインをしたことがありました。京都の帯屋さんからの依頼によるものでした。
 もっとも、私は「これなら帯に似合うだろう」と思うおりがみ作品を提供するだけで、それを帯屋さんのデザイナーさんがデザイン構成し、確か(刺繍)で表現するのでした。
 ただこの仕事で、ちょっぴり恥ずかしかったのは、デパートで、採用されたデザインの
帯の展示即売会の会場に、机が置かれて、そこでおりがみ教室をしたことです。
 通り掛かった人に、こちらから声をかけておりがみを折ってもらったのです。なんでも経験だとて、思い切ってやりましたが、…私には(芸人的素質)は無いようです。

 ところでここに、(実用おりがみ)という実際の利便を目的のものがあります。 それは(帽子)です。 まあ、実際にかぶれるように作るのには、大きなサイズが必要なのですが、私の場合、新聞紙を使います。
 いや、「おりがみの帽子」をファッションなんて呼んだら、なんかだましたみたいに聞こえるかも知れませんが、これ確実にファッションですよ。

姪っ子や甥っ子にモデルになってもらった
「新聞紙の帽子」のあれこれです。これは、昭和
49(1974)年と昭和50(1975)年
二冊の(おもちゃの作り方)の本を書きました
が、その中で紹介している「おりがみ帽子」の
あれこれです。              
友人の漫画家、はざま栄治さんが、装丁か
ら中のカットなどに、すてきな漫画をたくさ
ん描いてくださいました。どちらも久保書店
の企画で出版されました。中のおもちゃの手
 作りは、とても楽しかったものです。    
 千野利雄先生から「ガリガリプロペラ」と
 未知のおもちゃの話など伺え、忘れ得ぬ思い 
 出ともなりました。            
    

2019/10/07

(重心)探しの遊び

バランス

 伝承おりがみの最高傑作の1つ「やっこさん」は、おりがみ歴史研究の第一人者であられる岡村昌夫先生のお調べから、明治期に「弥之助(やのすけ)さん」と呼ばれた資料もあるとのこと。
 つまりは写真のように、バランス玩具の「やじろべえ」を、おりがみで折っていたとの証拠資料と言ってもいいでしょうね。

 なんですか?『弥次郎兵衛(やじろべえ)と、弥之助さんで、名前が違いますが?』と苦情がありそうですね。実は「やじろべえ」のことは、「やのすけ」とも「豆蔵」とも、あるいは「正直正兵衛(しょうじきしょうべえ)」など別名があるのだそうです。ほら、名作「宝船(たからぶね)」に、「唐船(からぶね)」「八幡船(ばはんせん)」などいくつもの名前で呼ばれているのと同じです。
 

針金か、竹ひごなどを使って
楽しい「やじろべえ」を作って 
みましょう。         

 ところで前項では、端紙から(まったく自由に切り出した三角形)を、(内角の和)の証明を(楽しむ教材)にして活用しよう!との提案をしましたが、今回はそれを「(重心探し)の教材とし、そこから(バランス玩具)作りを楽しもう!」との提案です。ねっ!端紙捨てるべからず、ですね。

まずは(三角形の重心)は、どう
やったら見つけられるか?を考えて 
みてください。そのためには(三角 
形の面積の求め方→底辺×高さ÷2) 
を思い出してください。ねっ!(い 
い教材)でしょう!        
 

2019/10/04

三角形の内角の和

これまた「良き教材案」

 おりがみ遊びを長年続けていると、膨大な(端紙ーはがみ)が溜まります。ねっ、そうでしょう! おりがみって、色とりどりのきれいな紙を使いますから、端紙でもなかなか捨てられません。
 まあ、「貼り絵」や「切り絵」などに使えばこれは生きますね。

 でもその他に、なんか役に立たないかなあ? なんて考えてみたときの一案として、「それらをすべて異なる三角形に切って、それから(三角形の内角の和)のひみつを知る」という教材にする、の思案を得ました。
 この発案の元は、藤田文章教授(Prof.Hujita Humiaki)から教わった事柄からです。

すべて異なる(三角形)から、その(三つのコーナー
の角度、つまり“内角”の和)は、必ず(180度)である
との、ギリシャ時代から知られる数理を、おりがみで証明
してみようではありませんか。            
これ、前項での教材案のつづきですね。      
            
一つのかどから、対辺に垂線を下ろし、その
足に三つの角を折り集めると、全体は長方形と
なり、180度が(目に証明される)!   
  この目に証明が、おりがみの大いなる力です!

2019/10/01

安息

教材案?

(安息=rest,repose)という言葉を、広辞苑などで引いてみてください。
 まずは(やすらかに休むこと)の解説の後に、…カスピ海沿岸に、イラン系遊牧民の創った王国の話などが出て来て、…その国が「安息国=Parthia」というに至って、大いに感激しますよ!

 ともあれ(安息)、いい言葉ですね。もっとも、後期高齢者となると、なんか「お迎えが来た!」みたいな響きも聞こえてきますが、まあそれも良しと思っています。

 さてこの(安息)の語は、(安息日)や(安息香)などの言葉となりますが、もう一つ(安息角)という言葉があります。ご存知ですか?

 この(安息角)は別名(休止角)とも言い、(ボタ=石炭の選炭後の屑)などを積み上げるとき、斜面が崩れ落ちることなく安定しているときの(最大角)のことで、まあ、ボタ以外の(砂)とか(小石)など粒状のものの積み上げでも使う言葉で、それぞれの粒の湿度の違いなどで、具体的な数値はバラバラですが、(平均値)で言って(30度)が妥当なところとされているようです。

 ではここで問題です。「おりがみで、この30度を正確に(2折り)で示すには?」

 これはおりがみの必須の基本知識で、写真のようにすれば簡単に折れますね。そしてこの折りは同時に(60度)も正確に折り出していますから、小学校の算数授業での(三角定規)がこれにて取り出せますね。かくて「おりがみって、とても良い教材」ですね。

この(正三角形)のための折りは、
おりがみ遊びを、(教材)にも繋げる 
大事な(30°折り)の基本です。   
 なおこの折りは30°と同時に(60°) 
も折り出していますね。次の写真を。 
ほらね!右側を見れば(60°)が!
上の事実から、「おりがみ三角定規」が。

はいっ!「おりがみ三角定規」です!
 そしてここから、「安息角のお山」が出来ま
した!                
上の「三角定規」から、すぐに出来る「安息角」。ちゃんと立ちますよ。
さてここで、教材案の根拠です。「この(お山)のてっぺんの角度は?」。 
(三角定規)の表面を見ると、そこに
ちゃんと「安息角」への折り目が現れて
いますでしょう。それを向こう側へ折っ
て、はみ出した部分も折って、それを支
え台にすれば、作品が立ちますよね。 
「安息角のお山」


2019/09/28

味をしめて

「いるか」発見!

 前項で、(比率変化)というちょっとした思い付きが、「ことり」を「白頭わし」に変化させてくれました。
 でこのことに(味をしめて)、この新しい(ことりの基本形)を、無作為に折り進めてみることを楽しんでいましたら、あれ!「いるか」が生まれましたよ!
 まあ、おぼろに得られたイメージを大切に、細部の折りをくふうして納得の形にしたことは言うまでもありませんが。

「いるか」

中央上から(時計回り)での「イルカ」の折り方
無数に在る(長方形となる2分の1)形

 前の項で、フレーベルから学んだ「おりがみで面積を考える。」のことで、フレーベルが3つに止めたものに、「もう一つ“5角形となる2分の1形を見つけた!」の話と共に、長方形には無数の折り方が在る、とのことをパズルにしましたが、判りましたよね。
 でもまあ、念のために写真で示しておきましょう。

右上のような(任意点)で折ったものなら、無数ですね。



2019/09/25

ことりの基本形

(シルバー矩形)との繋がり

 前の項で、(ことりの基本形)が出て来ましたが、改めてその形や「ことり」の姿を示します。(写真1・2)
 この「ことり」という伝承作品は、その完成形がかわいいだけでなく、前項で見ました通り、楽しい(幾何の図形)や(やさしい数理)とも繋げられる(教材効果)もあるものでした。

 さて次に、前項での(パズル)の答えの姿を(写真3)に示します。 ところで、この白い(面積1:2)の正方形の出方の上下を入れ変えたものから、(ことりの基本形)と同じ折り方をしてみたら、(写真4)のような形で「白頭わし」が現れました!
(ことりの基本形)の(比率変化)という思い付きが、思わぬ収穫となり「やったー!」


           写真1 「ことり」
次のことに、何の証拠も根拠もありませんが、
私はこれは大正時代に考えられたもののように思い
ます。何故って、大正ロマンの香りがするから!?
 なおこの形を(基本形)として取り上げたのは、
私が最初なんです。              
             写真2
(ことりの基本形)の姿は、正式には真ん中のもの
ですが、今日では右の変化形も同じく(ことりの基本
形にしています。いや失礼、こんなことを決めたのも
かく言う私のようです。はっはっは。       

写真3


写真4
上部に2、下部に1、の面積比から
出来た(新しいことりの基本形)です。

はい! 「白頭わし」アメリカのシンボル。
なお、下の台座は、(織り紙)の「正12面体」