2020/04/02

サッカーボール つづき

これは(幾何図形)ですよ!

 前項で、「サッカーボール」が出て来ましたが、折り目を付けた方の造形を幾何図形としての名前にて言うならば、「角切り二十面体=Truncated icosahedron」です。(正5角形の穴は、それが塞がっているものと考えて。)

 さてところで、このような(テープ編み)の造形が面白くて、このサッカーボールをもう少し探求してみました。

 すなわち、6本のテープ編みを、3本でやったらどうなる? 4本では? 5本では?とまあ、そんな考えです。するとそれは思った以上に楽しい結果を見せてくれました。
 2回にわたって、それらを紹介してみましょう。

左が「3本編みボール」右が「4本編みボール」


2020/03/29

サッカーボール

かこ さとし(Kako Satoshi)氏の本から

 加古里子(かこ さとし)という絵本作家は、児童のために魅力的著作を膨大に成された人だ。 ご著書から知った事実だが、なんと!東大の工学部のご出身とか!

 わが娘が小さいときに、娘自身の求めで買ったものや、おりがみが出ているので自分で買ったものなど、10冊ほどが我が家に有る。
 その中の一書に「かこさとし あそびの本 しらないふしぎなあそび 童心社 昭和46年(1971)刊」が在り、その中に「ギリシャのドウデッカ・ボール」という、6本の厚紙テープで作る球体の紹介がある。(写真)

ギリシャの「ドウデッカボール」とは?

 作り方を分かり易くして、いくつも作ってみた。しかし、そこでふと疑問が起こった。上の写真の通り、確かにこの球体には12の(正5角形)の穴があるので、かこ氏は「ドウデッカ=12の意で、つまりは(正12面体=ドウデッカヘドロン=dodecahedron)のボール」とされたのだろうと思う。(ギリシャとされたのは、ユークリッドからか?)

 しかし私は、これは「正12面体」とは違うのでは?と思った。そこで次の写真のように、これに折りを加えてみた。するとそこには、20個の(正6角形)が現れ、12個の(正5角形の穴)とで、これはそう!「サッカーボール(soccer-ball)」に他ならない。とそう思った。

正5角形✖️12 ➕
正6角形✖️20=「サッカーボール

 で私は、自身の代表著書と思う「紙とおり紙ー小学館発行の図鑑(既述)」にて、サッカーボールとして紹介した。

 なお後日、この(テープ編み)造形は、東南アジアで盛んなスポーツ「セパタクロウ」というので用いられる(藤編み)のボールが、これと同じものだと知った。(もち折り目を付けない方ね。)

 ところでこれをインターネットで検索してみると、このスポーツは9世紀に考えられたかなり激しいスポーツで、マレー語で(蹴る)の意の「sepak」と、タイ語の(籐製のボール)の意の「takraw」を繋げた言葉だと解説されていた。

2020/03/25

おりがみ造形とリアル。

写真の発明

 目に見える万物を紙の上に忠実に写し留める。そんな願望から発明された写真の技術。凄い発明ですね! 具体的には(レンズカメラ)と(フィルム)それから(照明法)等。
 そのような諸々の発明が、(天才)と呼ぶべき人たちによって成され、私たちへの大きな恩恵に成っている。

 そして今はこれがさらに進化した(デジタルカメラ)になって、フィルムや現像、焼き付けなどの面倒を追いやった! そんな驚異を生み出す天才たちが、まあ泉のように湧き出している現代! こんな時代を経験出来るなど、青年期には夢にも思わなかった。

 話はぽんっと飛びますが、「ミラノの聖骸布(せいがいふ)」というものが有るそうです。キリストの遺骸を包んでいた布に、キリストの顔が写し出されていた!ーその発見当初は、そんな衝撃的な話だったようです。

 でもそれは、実はレオナルド・ダ・ヴィンチの作品(!)で、そのキリストの顔と言われていたものは、彼自身の顔を、最初期の画家用のカメラ(カメラ・オブスクラ)にて写し取ったものらしいそうだ!
 レオナルド研究者が調べて判明した事実なのだとか。…いやっー!楽しい話ですね。

 レオナルドという天才は、ユーモアのセンスもあったと思うと、嬉しくなりませんか?

 さて、レオナルド・ダ・ヴィンチのいたずら心(?)の根底には、「リアル(real)ってなんだ?」の問い掛けがあるみたいに思います。『イエス・キリストって、本当はどんな存在だったのだろう?』ーそんな歴史のリアルへの問い掛けか?

 人体の骨格や臓器は勿論、筋肉や血管の様子まで、完璧にリアルにスケッチしている。
それは、現代の外科医の目から見ても、正にリアルそのものだそうだ。加えて(水の流れる様子の観察)からの推理か、絶対に見られた筈の無い(心臓部の血液の流れる姿)までリアルにスケッチしていて、心臓外科の権威をびっくりさせた!

 何故そこまで肉体の仕組み解明に、猛烈な探求を成したのだろう? そこにはまたやはりキリストの姿が浮かんで来るように思えてしまう。つまり(神の子)とされるキリストは、ふつうの人間と肉体的にどこか違っていたのだろうか?ーレオナルド・ダ・ヴィンチはそんなことを問い掛けているように思われてならない。

 するとそれは、いたずらなんかではなく、きわめて真剣な問い掛けだ!

 作家ダン・ブラウン(Dan Brown)の世界的ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード(The Da Vinci Code)」では、聖杯(= Sangreal)伝説からキリストのリアルな実像を見事に解き明かしている。お読みになると、きっと深く頷かれることだろう。

 ところで、「写真=photograph」という完璧な写実技術の発見に対して、その後において、絵画表現を成す芸術家たちは、いろいろな手法で対処しようとして来たようだ。


 いやはや大層な話から始まって、それを(おりがみの世界)に当て嵌めるのは、いささか無謀かも知れないが、でもリアリズム(=realism)の考えは、当然おりがみの世界でも論考されたのではないだろうか?
 だって冒頭にて言った「目に見える万物を紙の上に忠実に写し留める。」は、おりがみの願望でもあるからだ。

 ところがおりがみ世界では、このリアルを、ちょっと異なるスタイルで考えたように思える。それはー?

 先達(せんだつ=pioneer)の方々が主張された(不切正方形1枚折り)の理想が、私にはその一つだと思えてならない。あるいはそれが、どこかで写真への対抗意識だったようにも思われる。

『一枚の紙からただ折るだけで、何から何まで対象物そっくりに表現してみせる!』との意志だが、…でもおりがみの造形は、どんなに精密に折ろうと、忠実なリアルではなく、常にディフォルメ(変形=deform)を伴っている。

 つまり今の私は、そこに示された造形は、写真との対比でのリアルと考えたらそれは違うと思っている。それはむしろ折りの可能性を楽しむ、一つの遊びだと言ったらいいのではなかろうか。
 なおここでは、生物の姿を主体としての考えを述べる。すなわち「模様折り」や「ユニット」などは、ここでの考えには無いことはお断りしておく。

 言い方を変えてみよう。 おりがみのリアルとは、対象物の姿を形全体の比率や細部での“とがり部”の形状などにおいて、精密に折り描くことを目的としていて、しかもそれを(不切正方形1枚折り)で実現しようと考えるのだから、それは、そう!(パズル遊びの感覚)と言っても間違いではなかろう。

 いずれにせよ、その考えの実践には、きわめて高級な頭脳で、パソコンを自由に駆使する技術が必要だろうから、私はてんから諦めている。そこで私は私なりの(別のリアル)を考えてみた。

 そして得た答えの一つが、前に紹介した「イメージ・ゲーム」で、(無作為に折ったものを“半開き状態”にしてみて、その造形がアピールするものと、脳内に蓄積している諸々のイメージとの照合で、そこにイメージの一致ということでのリアルさを求める)というくふう法だ。

 どのみちディフォルメが避けられないなら、それを極端なまで強調することで「紙から自然に引き出された表情(=expression)のリアリティー(=reality)を素直に示す」と、そう言うことだ。

 ジョン・レノン(John Lennon)は歌っていますよね。Love is real.  Real is love.…と。包み隠さないリアル(reality=真実=truth)とは、ああ、愛だったんですね!

 この(紙の表情)に、「猫」以外のイメージは
少なくとも私には考えられない。つまりはこれは
紙自体がアピールする(リアリティー)に他なら
ないと思っている。             

 表面的な造形にリアルを求めるのも一法だろうが、無作為の折りから生まれた造形にも巧まざる(表情のリアル)が有るのではなかろうか、とそんなふうに思っているのだ。

 いや、今回、まったく私に似合わぬ、ムズい話になってしまった。これは明らかに話題に窮した証しだ。

2020/03/21

ケーナとコンドル

フォルクローレの魅力

 中南米の民族音楽(フォルクローレ)に、いよいよ強く魅了されるようになったきっかけは、横浜の楽器屋で、飴色の光沢を見せる葦から作られた「ケーナ」という楽器を入手してからだ。

 確かにそれは葦なんだろうが、見た目にはほとんど竹だ。(余談だが、尺八を趣味としていた父の遺品として、それをもらった。兄姉は、それにまったく興味を示さなかったからだ。…でも私には尺八はちっと難しく、より吹きやすいケーナがむいていたようだ。)
 葦にしろ竹にしろ、人間の息と植物繊維との調和により、なんとも美しい音が出る。もちろんうまくなればだが。

 さて、何台ものウォークマンが壊れて聴けなくなって、今山ほどのフォルクローレのテープが、寂しくストックされているが、いずれ折を見てなんとかCDに移して、改めて胸を熱くしてみたいものだ。
 名曲「コンドルは飛んで行く」だけでも、演奏者や歌い手が違うもので、20種を超えるものがあって、そのどれもがたまらなく好きだ。

 そんな自慢話と共に、おりがみの「コンドル」、ご披露しよう。

 インディオの人たちは、この鳥を(神の鳥)として崇拝しているそうだ。アンデス高地の上昇気流に乗って、ほとんど羽ばたかずに飛翔する、翼長3メートルもある最大の鳥。
 性質はおだやかで、悠然と高みを滑空する優美な姿は、正に神の鳥と呼ばれるにふさわしいようだ。

コンドルの翼の先の形状は、今の
航空機に応用されているそうですね。
 何ですか、省エネ効果があるとか!

2020/03/17

遠近法と遠近感

何を今更?

 2次元の絵画に、3次元的な奥行きを感じさせる技法(遠近法=perspective)のことを、私が述べるなどおこがましいようだが、逆に今の私たちの常識から思えば、ルネサンスにてこの技法が示されるまで、だれも知らなかったという、そんな事実の方が驚きだね!
 だって、広い風景の中で遠くを見れば、諸々は彼方に向かって収束してるじゃん!

 今の時代はあらゆるものが、信じられないくらいのスピードで解明されているので、昨日知らなかったことが、今日はもう常識に成っている!

 話はがらっと変わってすみませんが、(時間の遠近!)の話を紹介します。 脱藩浪士の坂本龍馬(Sakamoto Ryouma)が、江戸から土佐に居る姉乙女( Ryouma's sister Otome )に頻繁に文を送っていたそうだが、その一通の経費は今の金に直すと、十万円あまりにもなるだろうそうだ!

 だって飛脚が走って、途中では宿泊もしながらの配達だからだ。加えて、また帰りにも同じ経費が必要だ。もし複数の公文書ならもう少し安くはなるだろうが、なんせ脱藩浪士となっている筈の龍馬が、個人で、そんな金があるのはおかしい?…作家加治将一(Kaji
Masakazu)氏のこんな指摘には頷く他ない。

 この作家の明快な歴史推理における、距離や時空の(遠近感)には驚かざるを得ない。なんと、ヤマトとエルサレムが結び付けられる!

 スマホや電子メールが当たり前の今、歴史の遠近感の事実認識には時間が掛かる!

 いや、私に似合わぬ話は止めよう。ここに、おりがみで遠近法を使った(?)作例があるのでそれを紹介しよう。

「北極海の氷山」を描いてみたもの。あなたが(かもめ)になったとして見ていただくと遠近感を覚えていただけるのではありませんか?

大小二つの氷山の距離感での遠近。
ここでは氷山は2次元にしてあるが、氷
 山を起こして3次元にすることも出来る。
(既出)

 かくて今更、あえて知ったかぶりを語ってみました。変わったおりがみ作品に、もったいを付けるために!
 

2020/03/13

テレビという機械

(夢の箱!?)への夢

 20代の頃の話です。私は大学で(放送)という学科を選びました。つまりはテレビという、私には最先端と思う仕事に関わりたいと望んだからです。しかしそれには、重大な時間目測の誤りがあった。
 私の卒業のときに(1964東京オリンピック)があるので、放送関係は求人が多いだろう、だがそれが目測の誤りというもので、本当に使える人間は何年も前から養成されていて、…まっ、当然だ!
 そんな現実から、放送局ではなく、企業の宣伝課に就職することで、まあともかくテレビとの関係を持つことが出来た。

 さて(絵)に動きを与えることで、そこに(生命感)を引き出すことに情熱を燃やした人、それがウォルト・デズニー(Walt Disney)や手塚治虫(Tezuka Osamu)だ。
 そしてそんな方々への憧れが、「おりがみを動かしたい!」の思いに成り、宣伝課に入ったことで、(コマーシャルフィルム)にてその夢の一端は果たせた。…とまあ、こんな自分史のことは前に書いたので繰り返さない。

 ところで現代の電子機器のいろいろに通じていると、この(何かを動かす)という表現が、きわめてイージーに出来るようだ。機器があれば、小学生でもいろいろなものを動かしての表現を、正に遊びの感覚でやっているようで、私のかつての夢の思いを代行してもらっているような気分だ。 

(コマ撮り撮影)が私が知る、そのもっとも基本の手法だけれど、これにはかなりの根気とエネルギーが必要だ。一方、夢のまた夢となるのがCG(コンピュータ・グラフィック)というもの。ああいうのを自由にやれる人は、私の目には正しく魔法使いと映る!

 そういう魔法の映像がテレビから流れ、お茶を飲みながら鑑賞出来る! そんなのを見ると、テレビという機器は、私には正に「夢の箱」だと感じる。(ただし、ある面で「パンドラの箱」みたいな一面もありそうですがね。)
 いや、技術の凄まじい進歩は、テレビを(箱)から(板)に変えていますよね! そのうち(幕)に変わるかもね。

 しかし、おりがみをおりがみらしいシンプルな造形で動かして見せてくれるものは、まだほとんど見られない。
 3〜40代の頃、エネルギーがまだ結構あった時期には、2、3のコマーシャルにて(おりがみ動画)の依頼を受けて作業したが、スポンサーの意向に従わねばならないとの縛りがあるので、そんな現実に正直私の夢はまだ達成されて居ない。

 が、さりとてもう私にそんな夢を実現出来るようなエネルギーは残っていない。ああ、だれかそんな夢を実践してくれるような興味と情熱を持った人が出て来てくれないものかなあ、と(懇願=こんがん)の声を上げてみた次第!


「市松パズル」後日談

 このパズル難問につき、楽しい展開があったので、レポートしておこう。嬉しい反応を示してくださったのが、愛知の半田丈直(Handa Takenao)さん。まずは(7回折り)に二通りの解答をメールにて送ってくれた。(小松さんと川畑さんの解答に等しかった。)

『新型コロナウイルスの発生で、家で持て余す時間に楽しんだ』ということだった。そしてその後、…なんと(6回折り)にも解答された! すごーいっ!

 そこで、そもそもこの話題をもたらせてくれた、川畑文昭さんに確認をお勧めしたところ、この難問の発案者、田中将司さんという方の解答と同一と知れたとのこと。

 が、ここでさらなる驚きは、『田中さんはもう一つ答えを見付けた!』と聞くや、半田さんすぐにこれに挑み、それも見付けられた!

 まあなんと頭の柔軟な方々だろう! それに引き換え、私は頭も指もがちがちだ。かくて未だに(6回折り)の答え見付けていない。だから私の楽しみはまだ残っている、と負け惜しみをつぶやいているところ。

 それにしても、この「市松パズル」これほど奥の深いものだったと教えられ、心から嬉しくなっています。こりゃまるで「おりがみの詰将棋(つめしょうぎ)だ!」
 

赤目ちゃん
ぴょんと跳んでみておくれ!