2019/07/21

テレビで教わったこと

(日本最西端)の与那国島(よなくにじま)の話から

 この頃、暗いニュースばかりの中で、ちょっと楽しくなったのが、この(日本最西端)が、何と!100メートルほど西へ延長されることになった!というニュースです。
 これまで海の中の、孤立した(岩)と思われていたものが、実は与那国島本体と繋がっているものだと、ドローンなどでの撮影で証明されたから、という話です。(6月中頃の
国土地理院発信でのテレビニュースで知った。)

 ところで与那国島という言葉から、(ヨナグニサン)という大きい蛾のことを思い出しましたが、これとは別に羽を広げると、6〜7cmのサイズの「フクラスズメ」という蛾が居るとの話を、確かこのニュースの中で聞いた。(茶色の色や、蛾の太い体などから、こんな名前になったのかな?)(ヨナグニサンの大きさは倍の12〜14cmもあるそうだ。)
 また付け加えるに、私、妻の実家では(クニさん)と呼ばれていましたので、…(良なクニさん?!)てなわけで身近なニュース?

 ともあれ言葉って、不思議で面白いね。



沖縄のおりがみ同志からの依頼で
くふうしてみた「ヤンバルクイナ」。
八重山諸島には、ほんとうに沢山の
不思議が残っているんですね。   


2019/07/18

くじゃく第3弾は「ほうおう」から

辻村益朗氏のご著書で知った「ほうおう」

「ほうおう」という伝承作例のことを知ったのは、(つじむら・ますろう著・絵「伝承おりがみ1・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ 福音館書店 1984年刊 Ⅳは後年」)においてでした。
 その出来上がりの形は、どう見ても正方形用紙からのものとは見えず、その点から感激させられたものでした。(下の3番目の写真の形を見て。)

 ただこの伝承の折り方だと、背中部分が紙の折り重なりで厚くなり、裂けてしまうことが多く起こります。とくに(洋紙)では。 で、まずはその点の改良を思い、実践しました。 この改良の結果、この作例の魅力がより強く感じられるようになったものです。自賛です!

 さてそこで、この「ほうおう」に、他の伝承の名作「おりはづる」「はばたくとり」などの造形や技法のミックスを思い立ち、実現しました。とても楽しかった!

 次にまた新しいアイデアを得ましたが、それは(イメージの発展)です。そして具体的には「長尾鶏(ちょうびけい=おながどり)」「極楽鳥(ごくらくちょう)」、そして「孔雀(くじゃく)」でした。

 で、「かやら草」での(パズル?くじゃく)の第3弾を、この「ほうおう」から試みてみました。…これ、正解かな!?!

くじゃくらしい(羽冠=うかん)は、尾羽の
内側の、付け根から切り取って糊付けしました。
(切った)ことで、古人の思いに近づけた気持ち
になって、足立さんの見たもののように思った?
「ほうおう」に「おりはづる」をプラスしてみたもの。
「ごくらくちょう(ふうちょう)」のような姿でしょう。

「ほうおう」に(はばたき)の機能を付加してみました。
それにしても、この造形が、正方形用紙から(不切)で
出来るとは! 古の名人の技量の高さに圧倒されます。


2019/07/15

「花紋折り」

柳 宗理(やなぎ そうり)氏をも魅了したおりがみ

 前項でご紹介した雑誌「太陽」のおりがみ特集の中で、柳氏が魅了された「花紋折り」のことを、『…まったく内山道郎さん独自の発案…』との記述がありましたが、私はそれは少し違うのではないだろうか?と思っています。

 それは、ドイツ人で幼児教育の提唱者、フレーベルの(美麗式=Beautiful System)からの発想ではないだろうかと、そのようにも推測出来ると思うのです。

 すなわち、内山道郎氏は明治11年(1878)のお生まれです。その2年前に、フレーベルの幼稚園教育システムは日本に導入されており、(美麗式)も知られています。
 (美麗式)の、正方形だけでなく、正3角形、正5角形、正6角形、…と、用紙形を変化させて行くスタイルも、「花紋折り」に共通します。だから、内山道郎さんがこれをご存知だったと考えても無理ではないでしょう。

 でもまあ、そんな(真相追及)みたいなことは、(重箱の隅…)的な話かも知れませんね! おりがみの魅力とは、「象徴的でシンプルな、人の手の温もりが感じられる造形」だと私は思います。それで充分なことでしょう。「花紋折り」には、確実にそんな魅力が有ります。
 それからもう一点、「花紋折り」は(立体容器)も開発されており、その面からモダンです。でも、(美麗式)のパターンの大半も、やはり立体化出来てかわいい(入れ物)に成りますから、「花紋折り」と共通しますよね。

 さて、柳宗理(そうり、とお呼びしてきましたが、むねみちがご本名)さんのご尊父、柳宗悦(やなぎ むねよし=そうえつとも。)氏らが提唱、普及活動をされた(民芸)という言葉に込められた、(庶民が日常の中で親しんでいる物品で、素朴ながらしっかりとした技に支えられた表情豊かな造形物)との共通理念が、内山道郎氏の「花紋折り」の中にはっきりと見えたのでしょう。宗理さんの目に。

 そして、内山道郎氏がご自身の手で亡くなるまで折り続けられたと伺う、多数の「花紋折り」は、東京、駒場の日本民藝館に永久的に保存されているそうです。

 ともあれ、内山道郎氏という大きな存在を今改めて知り、そのプロフィールを私なりに紹介出来て、安堵しております。

 平凡社の雑誌「太陽」での(折り紙特集)より。
なお、この「花紋折り」の中に、光弘さんのアイデ
ア(ちりめん布のプリント模様)の紙が見えます。


 既に紹介済みの、光弘式「つる」。
足部がより分かり易いようにと考えて
 銀紙を裏返しに使って折ってみたもの。
ホイル紙だときれいに折れますね。

2019/07/12

雑誌「太陽」

その出版社名は?

 雑誌「太陽」は、高級マガジンのイメージで、私の心を捉えていました。実際その編集の視点やカメラの素晴らしさ、そして一流の執筆者たちを見れば、十分に魅了されるものでした。
 この雑誌の出版社の名は、(平凡社)でした。 こんなふうに名まえだけ聞くと、出版のことに疎い方は、なんか小さく平凡な会社のように思われる向きもあるやも知れませんが、いえいえ、百科事典を出している名門の老舗出版社です。

 さてそれは、私が、長野耕平(ながの こうへい)氏の経営される(ぴぽ社)の、社員として働いているときの話です。「太陽」で(おりがみ特集)をすることとなり、ぴぽ社がこれに協力することになりました。
 いやそもそも、長野さんが売り込んで実現した企画でしょう。…でもそんな真相はどうであれ、おりがみ世界にとって、一つの朗報であったことは間違いありません。

 昭和43年(1968)の2月号に、それは実現されました。ただし、第一特集は「戦国」でして、第二特集が「日本の折紙」でした。そしてその中で、内山道郎氏の「花紋折り」を、著名なデザイナー、柳宗理(やなぎ そうり)氏が、その美の世界を絶賛評価されて、一文を寄せておられます。
 その辺りを、具体的にご紹介したい思いやまやまですが、まあ権利の問題からきっちりとした紹介は諦めましょう。しかし、そのプロフィールくらいは紹介させてもらいます。
 それにしても、平和のシンボルおりがみは、よく戦争と対比的に扱われますね。




 左ページは「かやら草」に所載の「お雛様」です。
実は私が折ったものに、同僚のデザイナーさんが彩色
 してくれたものです。               
内山道郎氏は、このように後から絵を付けるもの
 から発展させて、紙の色で造形表現をする「重ね折り」
という世界を考えられたのだそうです。      
 なお『花紋折り」の元となる一つが、伝承の「畳紙
 (たとうがみ)」であると、解説されています。   

 佐久間八重女著「古典折り紙」にての
光弘式(重ね折り)の「お雛様」の写真
です。(かやら草)での(描き入れ)と
の違いをご鑑賞あれ!        
 なおこれ平凡社からの豪華本です。 

光弘式作品紹介 その3

 では、内山道郎作の「10種のとり」の折ったものの中、今回は残りの4種を紹介してみましょう。

4番目は「鶏(にわとり)」。(とさか)の
表現がユニークでしょう。そしてモダンな感じ。
原型は(ざぶとん折り)+(魚の基本形)。  
 なお、(とさか)は紙裏なので色変え出来る。
 けれど(ハンケチ折り)とて白一色で折った。
3番目は「鴉(からす)」。光弘式の鳥は、その
足の折り方が独特で、ユーモラスです。とくに次の
2番目の作品では、それがより強調されています。
「からす」の原型は(おりづるの基本形)です。  
ほらね!楽しい足の造形でしょう。
これ、ちゃんと立つのですよ。ちょっと
不安さを覚えるサイズですのにね!  
いや前置きはこのへんで、これ2番目の
「鶴(つる)」です。ユニークですね。
 そして原型は(おりづるの基本形)です。
 さあ、トップの作品が「鳩(はと)」。
なお説明文はほとんど同じもので、それを
読むと、どうやら(ハンカチ)で実際に折
ったものを付けて、それを(見本)とした
 とも思え…すると折ったものが(商品)か?

 ところで、これらの造形を今の目で見ないでください。1937年にこんな高い技法のおりがみが在ったのだ、とのこととして見てください。今では(当たり前)という折り技術は、まずは(革新の精神)の所有者が居られて実現されるのでしょう!

 おっとそれから、もう一つ言っておきたいのは、復元時、折り手の性格というのがどうしても現れます。かくてここまで10点には、笠原の好みなどが出てしまっているでしょう。内山氏の時代とは(折る素材)も異なりますしね。その点はご理解願います。
 道郎さんご自身で折られたものは、きっと素朴で技法の目立たないものだったのでは?そのように思っています。

2019/07/09

光弘式「とりたちの姿」 つづき

光弘式作品紹介 つづき



7番目は「伽藍鳥(ペリカン)」です。
(ざぶとん折り)プラス(魚の基本形)から。
  6番目は「鴛鴦(おしどり)」。
残念ながら、(オス)の姿だけ。
(ざぶとん折り)+(魚の基本形)
での作例です。        

 ちょうど半分の5番目は、「雀(すずめ)」。
唯一(飛んでいる姿)です。         
       さて、この作例の折り方図のみ下に写真紹介  。


5番目の「雀」の折り図です。
こんなのが12枚の資料です。
ファイルの中に挟まって、52
年忘れて来たという次第です。


 前項で3つの光弘作例の姿を紹介しましたが、ここではまた3例の紹介でした。どれもいい形でしょう!
 何の外連(けれん)も無いし、鳥の胸部の丸みの出し方など、エレガントなのですね。ともかく私たちは、内山道郎さんとは「花紋折り」という孤高の美の花園の作者としての認識が強いので、このような鳥作品が意外で、(ウロコの取れた目に)新鮮なのです。

 なお、内山道郎氏の著書のことですが、昔、書店にて1書を見付け、…迷いに迷って買ったものを持っている筈ですが、…お気の毒と思うのは、記憶において、その表紙や図解や口絵に魅力が感じられなかった。かくて買うのを迷った! で、まあ、本棚のどこか隅っこに放置しているでしょう。未だ確認出来ていません。確か(重ね折り)の作品が紹介されていたと、おぼろに覚えています。

 が、そんな本としての(出来具合)などで評価せず、実際に折ってみるならば、その魅力は理解されたことでしょうにね。(当時は、本の容姿しか見ていなかったようだ!)

 その(光弘式)の造形美の、真の見事さを証明する実例は「佐久間八重女著 古典折り紙 平凡社1981年10月初版」です。

 道郎翁から直々の手ほどきを受けられて、その作品に心酔しておられる人の思いが満ち溢れているこの本は、これ自体が一つの芸術品のように思われます。まるで美術本を見ているようで、…ただ残念ながら、自分でも復元してみたいの思いは起きません。すなわちこの佐久間さんのご本にある、(重ね折り)や(花紋折り)は、私などでは手の出せない世界であり、私の(おりがみ理念)とは異なる世界のものと思うからです。

 さらに言えば、ここで用いられた素材には、道郎翁のアイデアにより、自ら染められた特別な紙も多く使われているのです!(ちりめん布に絵の具を塗り、上に和紙を乗せて手刷りプリントした、と聞いているユニークな模様の紙!)要するに、(光弘さんの世界)なんですね。

 私がおりがみで第一の要件と思うのは、(一般的なおり紙で、復元を気ままに楽しむ手芸)です。 紙を選びに選んで、1時間や2時間ではなく、何十時間、いえ、何日も掛かって折るおりがみ、それは私の理想の外のものです。でもその魅力を否定はしません。それはおりがみの別の分野→“個性”を主張するおりがみ、だと思うのみです。

 ともあれ、50年余前の私が、そっぽを向いてしまった光弘作品。しかし(おりがみの歴史)を語る上で、大事なものだと今は思います。そしてこの10点の作例で、内山道郎氏は、現代おりがみの(幕開けのお一人)との認識になりました。少なくとも私の中で。

 なお、これまた私の勝手な推測ですが、高浜利惠(たかはま としえ)さんの「小倉百人一首の歌人たち」や「能や歌舞伎の人形たち」は、光弘式(重ね折り)を後継するものだろうと認識しています。そしてまたこれも、私にはまるで手の出せない世界です。


2019/07/06

「鷲(わし)」の作者判明!

なんたる迂闊!

 家の中の整理を思い立った当初、まあ1ヶ月くらいでなんとか、と思っていたものが、1年経っても終わらない! なに?そんなに広い家!…なんて思われたら、そりゃ嬉しい誤解ですが、…ともかく箱と本と紙が…うず高く積み上がっているのです!

 まあほんとうによく(なにやら、かやら)を集めたり、作ったりしたものだとあきれます。しかし闇雲に手当たり次第集めたわけでもないので、それぞれの品には単なる思い出だけではなく、それなりの存在の理由もあるわけです。…でもまあ、わが棺が蓋われたときは、皆の目にはやっぱ(ごみの類)かなあ?!

 いや、これはそんな軽口をたたいてはいけない、大きな見落としをしていた資料(?)が出て来ました!

 昭和42年(1967)5月15日の日付にて、九州のおりがみ愛好家、児玉一夫さんからお送りいただいた「半巾形象圖解 鳥類之巻」なるものの(12枚のブルーコピー)です。
 お手紙には、『「光弘氏旧著、半巾形象図解」なる書を見る機会があり、複写しましたので送ります。…』 今から実に52年も前に、貴重なコピーをいただいておりながら、今初めてそれの価値に気付く! なんという迂闊さでしょう! 昔のブルーコピーとて、もう少々薄れ掛かって来ている始末!
 ただ、言い訳ではありませんが、この(12枚のブルーコピー)は、今改めて見ても儚げな姿です。一体この折り図、どなたが描いたのだろう?

 これをいただいた当初は、一瞥していた筈ですが、…当時の私には多分まったく魅力を感じなかったのだと思います。つまり、その後50年余のおりがみ遍歴があって、今初めて我が目の曇りが晴れたのだと思います。

 似た失敗は、(江戸の資料)「欄間図式(らんまずしき)」の“玉手箱”という、(ユニットおりがみの原点)たる作例を、本多功氏から戴いたご著書中で拝見していながら、当時の私の理念にて“切る”が用いられていたからでしょうか、興味が持てず、30年の余も忘れ果てていたことがありました。(現在では、この作例に完全に魅了されているのに!)

 まあ、言い訳ではありますが、私は新しい自身のものの探求が面白くて夢中で、過去を疎かにしていたのですね。ああ、なんたる目の濁り。でもまあ今、何とか間に合った!

 さて詳しく解説してみます。まず(半巾)とは(ハンカチーフ)のことです。(はんきん)と読むのだろうと思います。 そして児玉さんのお手紙にある(光弘氏)とは、我が師、内山興正(うちやま こうしょう)先生のご尊父、内山道郎(みちろう)氏(光弘←こうこうはペンネーム)。 折り紙史の中で、「花紋折り(かもんおり)」の創案者として高名な方です。(残念ながら私は、お会い出来る機会はありませんでした。)

 そして旧著とありますのは、昭和12年(1937)10月10日発行、著作者:内山道郎、とありました。わずかの紙数とて、本になっていたのかどうか分かりません。
 印刷所:内山(*)印刷所  発行者:中西儀兵衛  発行所:(株)中西儀兵衛商店

 はるか前に亡くなっておられる児玉一夫氏とて、詳細はまるで分かりません。そもそもそういうことを詳しく明かされない方でした。(* 内山道郎氏は、発明家でもあられたそうで、次項から解説しますが、著名なデザイナー柳宗理(やなぎ そうり)氏が書かれた文章の中には、『内山氏は“単式印刷法”なるものを発明されている』とのことですから、ひょっとすると、内山氏ご自身の印刷所かも知れません。)

 さて(ハンカチ折り)と現代訳すれば、ここに示された全10種の「とりの姿」の折り方は、『ハンカチに(やきごて)を当てて折りなさい。…すると、贈答品にもなる。』というものです。でもそんな面倒なことをしないでも、ふつうにおりがみで折れるものです。

 具体的にその鳥の名を挙げると、1「鳩(はと)」、2「鶴(つる)」、3「鴉(からす)」、4「鶏(にわとり)」、5「雀(すずめ)」、6「鴛鴦(おしどり)」、7「伽藍鳥(ペリカン)」、8「雉(きじ)」、9「白鳥(スワン)」、10「鷲(わし)」の10種です。

 そして最後の「鷲(あやめの基本形から“不切”で折ったもの)」を、私は伝承おりがみの「蟹(4ヶ所の切り有る用紙からのもの。)」に次ぐ(最難度の伝承作例)と言ってきたものでしたが、ああ、そのオリジナルは内山道郎さんだったんだ!と、真相が分かったのでした。 あれまあ、とにかくこの認識、あまりに遅い!

 ところで、この資料をそのまま紹介するわけにもまいりません。そこで、まずは10番目の「鷲」から始めて、順序を逆に辿って、全10種を折ったものの姿でご紹介してみようと思います。
 ともあれこのおりがみ造形を復元してみますなら、本多功さんや吉澤章さんなどに繋がる、現代的な革新の技法は、内山道郎氏から発していることがよく判ります。

 一方、同氏が創案された(光弘式重ね折り)と名付けられた、人物などの姿を紙を何枚も重ねて折るおりがみがあります。道郎氏自身のご主旨は、(“死蔵紙面”の活用)とのお考えにて、例えば(持ち物などを内部から切り出す)などの手法から、『切りまくりおりがみ』だとか『現代のおりがみ造形理念を破壊するもの』…などと酷評する方も居られ、…それで私の目も塞がれて来たのだと思います。 いや、人のせいにしてはいけません。今は自身の不明を解かなくてはなりません。

 なお、ここでしっかりと明記すべきは、これからご紹介するとりたちは、まったく切ってはいません。ご子息、興正師の理念(不切正方形1枚折り)のものなのです。(現在の私は、この師の理念には反論している者であることは、所々で言って来ましたね。)

 それにしても、こんな大事な資料にこれまでまったく気付かないで来たことを、大いに恥じ入っています。ともあれ、これから3回にわたってその作品をご紹介します。

1枚の正方形から、2枚の翼、2本の足、そして尾羽
までを(不切)で折り出すのは、かつては大いなるパ 
ズルでした。ケイタイやパソコンなど想像すら出来ず、
   前川淳さんという逸材も、かく言う笠原とて、影すらも   
ないときの話です。はっはっは。          
  さてこの「わし」、(あやめの基本形)から折ります。
道郎さんと同じものを、私はこんなスタイルの
伝承作品として覚えた。光弘式の、ちょっとユーモ
 ラスな造形感覚より、この方がシャープな印象だが、
まあ、今はオリジナルの形に惹かれます。    

9番目が「白鳥(スワン)」です。
これは(ざぶとん折り)してから、(魚
の基本形)を折った原型からのもの。 

8番目の「雉(きじ)」です。
頭部の折り方がユニークですね。
又これは(おりづるの基本形)
からです。